【原作設定(西から帰ってきたあと)】
冬至


2009年12月22日


「三蔵、遅いっ」

陽が暮れてから帰ってきた三蔵に、悟空の文句の声が飛んだ。
ここは慶雲院と長安のちょうど中間くらいに建っている一軒家。
この辺にはまったく家というものがないので、文字通り『一軒家』である。
そこに、西への旅を終えた三蔵と悟空はふたりで住んでいた。
長安の街に行くにも慶雲院に行くにも少し距離があったが、長安の街に通う悟空は足に自信があったし、慶雲院に通う三蔵は――最近、あまり慶雲院に通っていないから問題はなかった。

三蔵が西への旅をしている間に、慶雲院では三蔵抜きでもいろいろ回るようになっており、それならばその仕組みでいいだろう、とあっさりと三蔵が職務を放棄したせいである。
責任感がないわけでもないが、面倒事を嫌う三蔵にしては至極当たり前のことだった。
というわけで、西への旅から帰ってきた三蔵は、特別なことがない限り家でゴロゴロしていた。
いままで散々働いてきたからちょうど良い、とは本人の弁である。
といっても、慶雲院側からしても『特別なときに三蔵さまがお出ましになる』というのは、なにやらありがたみが増すので、まぁ良いかということになっているらしい。

そしてそんな保護者に似ず、悟空は西への旅を終えて慶雲院に帰るとすぐに長安で働き口を探してきた。
もともと自立するならば、その背中を蹴り飛ばしてやろうと思っていた三蔵だ。
働き口が決まったという悟空に、じゃあ寺院を出るんだなと既定の事実のように言った。

――出るけど、三蔵も一緒だよ。

その言葉に、三蔵は少しだけ目を見開いた。

――ふたりでいたい。離れたくない。

まっすぐに見つめてくる強い金の瞳に……否、とは言えなかった。
もっとも素直に肯いたわけでもないが。
ともかく、そうしてふたりはふたりきりで一緒に暮らすことになった。

そして、話は冒頭に戻る。
夕食の支度をしながら、悟空が言葉を継ぐ。

「今日は冬至だろ。冬至の日は無理して働いちゃいけないって、昔、言ってたじゃん」
「しょーがねぇだろ。ジジィに呼びつけられたんだ」

ジジィというのは、慶雲院で三蔵がいない間に諸事を取り仕切っていた老僧で、『三蔵が寺院を出て、悟空が一緒に暮らす』というときに出た批判を宥めてくれた人物でもあった。

「あ、じぃちゃんに会ってたんだ。元気?」
「殺しても死なん」
「またそんなことを」

言いながら、悟空は食卓に皿を並べて行く。

「……なんだ、これは」

それを見て、三蔵は低く問いかける。

「餃子」
「料理の名前じゃねぇ。量だ。」

机のうえには次々と皿が並んでいっていたが、どの皿にも餃子が山盛りになっていた。

「冬至の日には家族みんなで餃子を食うんだって。だからいろんな種類の、作ってみた。残ったら明日も食べればいいじゃん。あ、これ。三蔵、好きだと思うよ。ちょっと食べてみて」

なかのひとつを箸でつまんで悟空は三蔵の方に差し出す。
眉間に皺を刻みつつも、三蔵は一口大の餃子を食べ、そして――。

「な、旨いだろ」

その言葉には答えは返ってこないが、三蔵の眉間の皺は消えていた。

「ツナマヨ餃子。さっき試食したら意外に旨いんでびっくりした。それにしてもさ」

用意が終わって食卓につきながら、悟空は三蔵に笑いかけた。

「冬至に餃子って全然知らなかった。なんか普通のことでも、知らないことっていろいろたくさんあるのな」
「……寺院は、あまり普通とはいえねぇからな」
「うん。そういうこともなんとなくわかってきた。でさ」

悟空の笑顔が大きくなる。

「そういうの、これからもずっと三蔵と一緒に知ってけたらいいな、って思った」

にこにこと笑う悟空に、ふっと三蔵の肩から力が抜ける。

「そうだな」

珍しくもそう答える三蔵の顔には微かな笑みらしきものが浮かんでいた。



(memo)
冬至は日本では南瓜の煮ものですが、中国では餃子を食べる風習がある、というのネットで見て。
といっても、中国は広いんで餃子を食べる風習があるのは一部かもしれませんが。(その辺まで突っ込んで調べられなかった)