【パラレル(SSオリジナル)】
触れてみたら
2010年1月8日
「ありがと」
コトン、とコーヒーを前に置くと礼を言われた。スティックの砂糖を入れ、一口飲んだ金眼の少年が顔を顰める。
苦い、ということらしい。
三蔵は立ち上がると、食器棚からさらに何本かの砂糖を取り出してテーブルに置く。
「ありがと」
もう一度礼を言って、少年が綺麗な笑みを浮かべた。
それから、2、3本、まとめて封を開けると、サラサラとコーヒーに入れる。
それでは飽和状態になってしまうのではないだろうか、と三蔵は思うが口には出さない。
ようやく飲めるようになったのか、少年はコクコクとコーヒーを飲むと、カップを抱えてほっと息を吐き出した。
「ごめん、迷惑かけて」
微かに頭をさげて、少年が呟く。
さきほど、この少年が絡まれていたところを、三蔵は成り行きで助けた。
絡まれていた――というか、この少年を巡ってふたりの男性が争っていたというのが正しいようだが。
といっても、三蔵には深く詮索するつもりはない。
「別に」
煙草を取り出すと火をつけた。
「それ、飲み終わったら、送る。家はどこだ?」
「えと……」
少年が困ったような表情を浮かべる。
「家出か? 悪いことは言わない。ちゃんと家に帰れ」
「じゃなくて」
カチャン、と少年はカップを机に戻す。
「わからないんだ。気が付いたら、この街の雑踏のなかにいた」
澄んだ金色の瞳がまっすぐ三蔵を見つめる。
「覚えているのは自分の名前だけ。でも、腹はすくし、寝るところは探さなくちゃいけないし」
「それで身を売るようなマネをしていたのか」
先程、男ふたりが争っていたのはそういうことらしかった。
なんで年端も行かぬ、しかも少年にと思っていたのだが。
金色の瞳は澄んでいるくせに、蟲惑的な光を湛え――わからなくもない、と思う。
惑わされるつもりは毛頭なかったが。
「だって俺が持っているのってそれしかないし」
金色の瞳は、三蔵の言葉に含まれる刺にも動じず揺るがない。
「それにしても、俺の言葉、信じたの?」
少年の問いに三蔵はなにも答えない。
「不思議。信じてくれる人なんて、だれもいなかったのに」
カタン、と音を立てて少年が立ち上がった。
「やめろ」
近づいてきて、三蔵に触れようとする手が途中で止まった。
三蔵がきつい瞳で睨めば十人中十人が怯むのだが、少年はちょっと驚いたような顔をしただけだ。
どこにも緊張した様子はない。
「……あなたってお坊さんなの? お寺の息子とかでなく?」
不思議そうな顔で普通に問いかけてきた。
「ここには俺しかいねぇよ」
ここというのは――寺のこと。
ふたりがいるのは、寺の社務所であった。
そもそも少年が揉めていたのは寺の境内で、面倒なことだったが目の前で騒がれている方がもっと迷惑だったので、口を出して連れてきた。
「お坊さんって、いまでも人に触れちゃいけないんだっけ? それとも人に触れられるのが嫌なの?」
小首を傾げて少年が問いかけてくる。
そして突然――。
「でもさ、触れてみたら、なにかが変わるかもよ」
自然に三蔵に抱きついてきた。
あまりにも自然すぎて。
振り払うタイミングを逸する。
ふわり、と少年が笑みを浮かべた。
それから――。
――触れてみたら、なにかが変わるかもよ。