【原作寺院設定】
可愛いすぎる


2010年6月11日


「や……だ……」

ほとんど聞き取れないくらいに小さな声とともに、三蔵は悟空に押しやられた。

「なにが嫌なんだ?」

だが、逃がしはしない。
さらに懐近くに抱き込んで、柔らかな耳朶に唇をつけるようにして囁きかける。
と、震えるような艶めく吐息が聞こえてきた。
まだほとんどなにもしていないというのに。
三蔵は唇の端に微かに笑みを刻む。
頤に手をかけて、その唇を摘み取ろうとするが――。

「やっ」

またもや抵抗にあう。
これには少しむっとして、構わず強引に唇を奪い取った。
ただ触れるだけにしようと思っていたのだが、それよりも深く口づける。
唇を割って、舌を絡め取ろうとしたところ。

「っ!」

身を捩るようにして、振り解かれた。
その勢いのまま、悟空は三蔵の腕からも逃れ、タタタと部屋の隅まで走っていってしまう。

なにか、拗ねているのだろうか。

三蔵はここしばらくの自分の所業を辿る。
だが、これといって思い当る節はない。
というか、ときどき悟空は三蔵にはわからない理由で拗ねてしまうことがある。
軽く溜息をつくと、三蔵は悟空の方にと向かった。
と。

「ふ……ぇ……っ」

小さな泣き声が聞こえてきた。
これには驚いて、三蔵は足を速め、悟空の腕を取る。
と、ビクッと肩が震えた。

まるで怖がってでもいるような――。

三蔵の眉が顰められる。

もともと好奇心が強くて、物怖じしない子供だ。
それがこんなにも怯えてしまうくらいに嫌がっているということか……?

三蔵は掴んだ腕を離した。
するり、と悟空の腕が落ちていく。
そのまま静かに立ち去ろうとしたところ。
慌てたように悟空が全身でぶつかってきた。

「……無理はしなくてもいい」

一度、受けとめてやり、それからそっと離そうとすると。

「ちがっ」

ますますぎゅっとしがみついてくる。
ふぇぇと本格的に泣きだす悟空に、珍しくも三蔵は困惑したかのような表情を浮かべた。
ゆっくりと目の前にある茶色の髪に手を滑らす。
撫でるようにしていると、ようやく少しずつ落ち着いてきたのか、悟空の泣き声が小さくなっていった。

「……どうした?」

我ながら辛抱強いと思いつつ三蔵が聞く。
普通なら放っておくところだ。
だが、悟空相手では――。

「だって」

まだ小さくしゃくりをあげながら悟空が言う。

「絶対、ヘンな顔になってる、から」
「……あ?」

言われたことの意味がわからなくて、三蔵は眉間に皺を刻む。

「ヘンな声とかでるし、わけわかんなくなるし、絶対、ヘンな顔になってる! そんなの、絶対見せたくないのに」

が、続けて言われたことに一瞬沈黙し、それから少し呆れたように微かに笑った。

「なんだよっ」

そんな態度にむっとしたようで、きっと悟空が顔をあげる。

「そりゃ、三蔵は綺麗だからっ。自分と比べたらなんだって一緒だから、なんでもいいのかもしれないけど、でもっ」

そう言われても、この理屈はイマイチよくわからない。
別になんでもいい――というわけではなく……。

そんなこと思いつつ、三蔵は悟空を引き寄せて宥めるように抱きしめる。

それにしても、なんというかこの腕の中の存在は――。

「可愛すぎる」

口に出して言うつもりはなかったが、するりと言葉が零れ落ちる。
それには三蔵も自分で驚いたが、悟空にとっては本当に驚きだったらしく、目をぱちくりと見開いたまま、固まったように動きを止める。
そんな様子に、三蔵はクスリと笑った。

「本当にお前は可愛すぎるな」

柔らかな頬に唇を寄せて言う。
と。

「な、な、な――」

ようやく理解が追いついたのか、悟空の顔が一瞬で赤く染まった。
軽く唇に触れる。
今度は、抵抗はない。

「ヘンじゃねぇよ。可愛いから安心しろ」
「……三蔵」

ますます頬が赤く染まる。
悟空はたぶん『ずるい』とか思っているのだろう。
だが。
少し潤んだ目でそんな風に上目遣いで見る方が余程――。

軽くまぶたの上に唇を落とすと、三蔵はふわりと悟空を抱き上げた。