【パラレル WebClapお伽噺仕様】
腹減った



 パタパタと軽い足音が響いてきた。
 そしてバタンと扉が開く音。
「さんぞーっ!」
 館の主が部屋に飛び込んでくる。
「うわっ!」
 と、同時に、床に置かれた本の山に蹴つまずいた。
「……ったく、何してるんだ、お前は」
 床に倒れこむ直前の姿勢のまま、空中で動きを止めている小さな体に声をかける。
 ぎゅっとつぶっていた目が開かれた。
「さんぞ、これ、魔法?」
 ふわりと床におろしてやると、金色の目が驚きに見開かれた。
「三蔵が魔法を使うの、初めて見た。すっげー、ホントに魔法使いだったんだ」
 その言葉に脱力する。
「本当って、お前なぁ……」
 と、ぎゅるるる、と、ありえないほど大きな腹の虫が鳴く音が聞こえてきた。
 目の前の、その腹の虫の持ち主が、えへへ、と笑い、そして一言、嬉しそうにいった。
「三蔵、腹減ったっ!」

 深い森の中に埋もれるようにして建つ館。
 世間一般には、黒の魔王に滅ぼされた古(いにしえ)の王国の姫君が眠る隠された館として伝わるところ。
 500年前、黒の魔王の求愛を跳ねつけた姫君は、呪いを受けた。
 それは姫君を死に至らしめるものだったが、城の魔法使いたちが全力をあげてその効力を弱めた。
 それから、この館に隠された可憐な姫君は、ただひとり、運命の相手が起こしてくれるまで、眠り続けているという――。
 ま、伝説は、しょせん伝説。
 眠っていたのは、可憐な姫君ではなく、この、目の前にいる騒がしい小猿。
「な、三蔵。魔法でメシは作れないの」
 危なっかしい手つきで、デザートにする果物をむいている小猿――悟空が言う。
「作れねぇことはねぇよ。だが、一緒に食べるヤツがいるなら、なるべく自分で作れと言われてるからな」
「誰に?」
「師匠に」
「師匠? 三蔵、先生がいるんだ」
「……今はいないがな」
「あ、ごめん」
 悟空はそう言って俯いた。
 500年前、黒の魔王に国を滅ぼされたこいつは、『失う』ということの重みを嫌というほど知っている。
「気にするな」
 手を伸ばして、クシャリと髪をかき回してやると、笑みが浮かんだ。
「それ、もうすぐできる?」
 そして、鍋の方に視線を向けて、笑みを大きくする。
「いい匂いがする。腹が減るって嬉しいね」
「なんだ、それは」
 突然言われた言葉の意味がわからずに聞き返す。
「三蔵と一緒にご飯を作って、一緒に食べるのって凄い楽しい。だから、腹が減るのは嬉しい」
 言葉と一緒に浮かぶのは、極上の笑顔。
 あぁ、これか、と思う。
 お師匠さまの言っていた言葉の本当の意味は、この笑顔にこそあるのだろう。
「三蔵、腹減った。早く、ご飯にしようよっ!」
 輝くような笑みを見せて、悟空が言った。


(memo)
 以前、WebClapで書いた「眠りの森の美女」風の「魔法使い×姫君(実際は王子?)」設定。5万打アンケートの「読みたい話」に書いてくださった方がいらっしゃったので。
 WebClapのお話はそのうちに携帯サイトかどこかにあげるかもしれませんが、ちょおっと先の話になりそうです。