【原作寺院設定】
千鳥足
その日、慶雲院では一部、仏具の入れ替えが行われていた。
間近にせまった最高僧さまの生誕の祝の儀式で使用するためで、なにやかにやといろいろなものが蔵から出され、埃が払われ、綺麗に磨きあげられていた。
そしてその日。来たるべく盛大な生誕の儀式の主役たる最高僧さまの機嫌はすこぶる悪かった。
さすがに運ぶことはしないが、使う仏具のなかには、非常に珍しいものや高価なものがあり、動かすには最高僧さまの許可と確認が必要なため、あちこちにと足を運ばねばならないからだ。
そんなもの、勝手に持っていって勝手に置いてこい、と言いたいところだが、そう言えば言ったで余計に混乱し、さらに手間と時間がかかるのは必定だ。
というわけで、その日、最高僧さまは不機嫌のオーラを身にまとい、目録を片手に慶雲院中を歩きまわっていた。
そして、その足が本堂に向いたとき。
「あ、しゃんぞー……」
本堂の中から、なんとも間の抜けた声がかけられた。
姿を確かめるまでもなく、己の養い子だとわかった。
だが。
「わーい、さんぞーだぁ」
よろよろと立ち上がり、こちらに歩いてくるさまは。
あっちにふらふら、こっちにふらふら。
まさしく千鳥足、というやつだ。
「酔ってんのか、お前は」
「よってないもん」
ようやく三蔵のところまでたどり着き、倒れこむように三蔵に抱きつきながら、悟空は言う。その悟空の肩越しに、本堂の床に転がる瓶が見えた。
「嘘つけ。お前、供えてあった酒を飲んだだろう」
「ちがうもん。おさけはにがいもん。あれはあまかったもん」
「そういえば、本日寄進されたもののなかに果実酒が……」
そばで控えていた若い僧が遠慮がちに口を挟む。
三蔵は低く舌打ちをした。
「おい、猿。まとわりついてねぇで、離れろ。部屋に帰れ」
「やっ」
ぎゅっと法衣にしがみつき、悟空が言う。
「邪魔なんだよ」
酔っ払いの相手はしていられないとばかりに邪険に振り払い、三蔵は本堂の中にと足を進める。
「さんぞ」
だが、悟空はあっちにふらふら、こっちにふらふらと揺れながらも三蔵のあとを追い、三蔵が立ち止まったところでまたぺったりと抱きついてきた。
「だから、邪魔はするなと言ってるだろうが」
さすがに二度目ともなると、ただでさえ悪い機嫌がさらに急降下する。三蔵が懐からハリセンを取り出そうとしたとき。
「だって、いっしょがいいもん。さみしいもん」
ぎゅっと抱きついていた悟空がぽつりと呟いた。
「ずっと、ずっと、ずーっと、いっしょにいたいのに、ぜんぜん、いっしょにいてくれないんだもん。すごく、すごくさみしい」
大きな金色の目からパタパタと涙が零れ落ちる。その様子をしばらく見ていた三蔵は、ふっと溜息のように息を吐き出した。
そして、悟空を抱えあげる。
「さ、三蔵さま、どちらへっ?!」
つき従っていた僧たちが口々に声をあげる。
「こいつを寝室に放り込んでくるから、適当に進めてろ」
三蔵はそう言うと、あとはあがる声を無視して、ずんずんと歩み去っていった。
果たして最高僧さまは、すぐお戻りになるのだろうか。
あとに残った僧たちは、顔を見合わせ、大きな溜息をついた。