【原作寺院設定】
類は友を呼ぶ



 月明かりに照らされた庭に、そっと降り立ちました。
 普段、こんな時間に庭を――というか、庭に限らずどこでも出歩いたことはないのですが。
 寺院の朝は早いですから。
 陽が昇るとともにお勤めが始まります。それは日が暮れても続くので、夜はちゃんと眠っておかねば身が持たないのです。
 でも、今日は布団に入ってからとてもたいへんなことに気づきました。
 昼間、庭掃除をしたときに、箒をもとの場所に戻さなかったことに。
 そういう決まりごとには、かなり煩いのです。
 明日、掃除をするときに箒が足りないことに気づかれたら、お説教をくらってしまいます。
 だから、そっと布団を抜け出して、庭に出てきました。
 夜の庭はかなり不気味です。
 昼間、ここの掃除をしているのですから、どこになにがあるかなどは知り尽くしているはずなのに、影が濃くなるだけで木々は違うもののように見えて、どこか別の場所に迷い込んでしまったかのように思えます。
 しかも夜の冷気と静けさに、そこはかとない恐怖が呼び起こされます。
 だけど、ここは三蔵法師さまのおわす寺院です。
 魑魅魍魎の類など、入ってこれるはずはないないのです。
 ふぅっと深呼吸をして、気を落ち着かせました。
 それで落ち着きはしたのですが、違うことに気づいてしまいました。
 ……ただひとりの例外がいることに。
 三蔵さまが拾ってこられた子供。
 邪悪な妖怪だという噂。
 ただ、それも最近ではよくわからなくなってきていましたが。
 よく見ると、本当にあどけない子供なのです。
 それに、大地から生まれたのだと聞きました。
 それは妖怪ではなく、どちらかというと精霊とか神に近いものではないのでしょうか。
 そんなことを考えているうちに、ようやく箒を置いた場所にたどり着きました。
 ほっと息をつき、帰ろうときびすを返したところ、ふと、人影に気づきました。
 月を見上げて佇む、細い影。
 それは、さきほどまで頭のなかで考えていた子供――悟空さんの姿でした。
 けれども。
 いつもの様子とは違っていました。
 月明かりを映す金色の目はどこか悲しげで、決して手には入らないとわかっていながらそれでももとめずにはいられない、そんな苦悩に満ちた表情を浮かべていました。
 あの、無邪気な笑顔はどこにいってしまったのでしょう。
 知らず、胸がズキンと痛みました。
 と、悟空さんがふいに横を向きました。
 そちらから近づいてくるのは――三蔵さま。
 ふわりと、その腕のなかに悟空さんは抱きとめられました。
 悟空さんの体から力が抜けるのがわかりました。先ほどの表情は消え、かわりに笑みが浮かんできました。
 その表情を見て、なぜでしょう。
 ほっとして、胸の奥が暖かくなったような気がしました。
 なんとなく幸せな気持ちでお二人の姿を見ていましたが、しばらくすると、三蔵さまが悟空さんの耳に顔を近づけて、なにごとかを囁かれました。
 途端に、悟空さんの顔が赤くなったのが、月明かりでもわかりました。
 三蔵さまは満足げな様子でそれを眺め、それからいきなり悟空さんを抱き上げました。
 わたわたと手足を動かす悟空さんに、またなにごとかを囁いて、三蔵さまはスタスタとその場から歩みさっていきます。
 急に静かになって、ぎゅっと三蔵さまに抱きついた悟空さんを連れて。
 視界からその姿が消えるまで、ずっと立ちつくして見守っていました。
 と。
「いやあ、良いものを見ましたな」
「張っていた甲斐がありましたね。今度の会合でさっそく報告をしなければ」
 そんな声がいきなり背後から聞こえてきました。
 驚いて振り向くと、わらわらと木の後ろや茂みの影から、人が出てきました。
「先輩方」
 びっくりしました。
 なんだってこんなところに、こんなに人がいるんでしょう。
「なんと言っていたと思いますか?」
「それはやはり議題にすべきですよ」
 呆然としているなか、なんだか楽しそうに話しながら、先輩方が通りすぎていきます。
「あ、君。入会申込書はこれね。受付は書庫でしているから」
 横を通るときに、先輩のひとりから紙を渡されました。
 目を落とすとそこには。
 『三×空を見守る会』の文字が。
 いまや誰もいなくなり、しんと静まり返った庭に、箒が地面に落ちる音がやけに大きく響きました。


(memo)
 5万打アンケートより。「39Themes」のお題「21.これだから目が離せない」と同じ設定。よろしければそちらもどうぞ。