染まる一色 (3)


いつもより早く目が覚めた三蔵は、すこしだけ憂鬱を覚えた。
昨夜、自分の気持ちを自覚してしまったからこそ、今まで通りに悟空に接する事など出来ないと分かるのだ。
今までにだって、付き合ってきた女性の一人や二人はいたが、そのときの感情と今のものでは違う。
初めて欲しい、と思った相手なのだ。
悟空が自分に対して向けている感情は好意だろうが、それは三蔵の思う好意とは意味合いが違う。
それでも、欲しいものは必ず手に入れるのが三蔵の主義だ。
このまま何事も無く別れを迎える気は早々無いのだが、無理矢理手に入れてもそれでは意味がないのだ。



今日も、悟空は昼前に来ていつものように家事をこなしていく。
自分の思いに自覚した分、悟空の仕草一つにでさえ視線が行ってしまって目が合う度に不思議そうな顔をされ、その都度慌てて目を逸らす。
いったい自分は幾つの餓鬼だと、内心でののしりつつも気が付けば目は自然と悟空の動きを追っていて、酷く落ち着かない。
対面式のキッチンからは、悟空の動きが良く見れて取れる。
たとえば、まな板に視線を落としていると意外に長いまつげが見て取れたり、包丁を握る指は思っていたよりも細いものだったり。
うつむいているためにたまに見える項は細く、誘うように白かったり。
ただこうしていつものようにしている悟空を見ているだけでも、初めて知ることばかりだ。
触りたい、と思ってしまう。
そんなことを考えていれば、いつの間にか料理は出来上がっていて。
「三蔵、昨日からぼーっとしてばっか」
テーブルに並べながら、そんな風に悟空は無邪気に笑う。
それにすら見惚れてしまう自身に、三蔵は重症だと呟く。
何が、と聞いてきた悟空に三蔵は何でも無いと返し、テーブルにつけばいつもの食事風景だ。
向かい合った席で、今日は食事の味など分からなかった。


どれだけ相手を意識しようとも、それを表に出すことは三蔵のプライドが許さない。
だから表面上はいつも通りに振舞うが、開いた本に集中できるわけもなく視線は悟空の姿を追う。
くるくると良く動く姿はやはり目を惹いてその姿に見惚れるのに、その視線に気づいた悟空が振り返るとそれは必ずといって良いほど笑顔で、三蔵はその時ばかりはまっすぐ見つめることは出来ないでいた。
でも、それが長く続くことはなかった。
いつまでも、その姿を見てみたいと思うのに三蔵は珍しく昼間から睡魔に襲われる。
昨夜の寝酒をすごしたことがその一因でもあるし、自覚した感情に納得するのにそれなりの時間が必要で夜更かしをしたことも原因だった。
気づかぬうちに、三蔵はソファの上で眠りに誘われていた。
静かに眠る三蔵に気づいた悟空は、微笑ましい光景に苦笑を漏らしそっとブランケットをかけた。

どれだけ、眠っていたのだろうか。
不意に浮上した意識に逆らうことなく三蔵は瞼を持ち上げた。
目が覚めたと同時に感じた肩の重みに顔を反らせば、自分に寄りかかるようにして眠る悟空の姿があった。
いつも輝きを失わない金の瞳は、今は薄い瞼に覆われてその光を見ることは叶わない。
しかし、穏やかな寝顔は悟空をいつもより幼く見せていた。
影を落とす睫に、すっと通った鼻梁。
日のあたるこの場所は少し暑いのだろうか、うっすらと浮んだ汗のために額に張り付いた髪を三蔵はそっと払う。
自分が思っていたよりも柔らかく手に馴染む感触を楽しむように、何度となくその動作を繰り返していたが、三蔵の目はそのさらに下にある、桜色のふっくらとした唇に釘付けになった。
起こさない様に気を使いつつも、三蔵はそっとそれに触れた。
柔らかく弾力のある唇は誘うように薄く開かれていて、三蔵の意識を攫って行く。
そうしてまるで引き寄せられるように、口付けた。
ほんの一瞬、触れるだけのそれだったけれども、まるで砂糖菓子のように甘くて。
離れた唇に三蔵は寂しさを覚えた。
「……んぅ?」
名残惜しい、と三蔵がその寝顔を眺めていればかすかに上がった呻き声に、酷くあわてた。起こしてしまった、というよりも気づかれたのだろうかと。
「さんぞ……? って俺寝てた!?」
しかし、驚いたように飛び起きた悟空に気づかれていないことを知って、三蔵は安堵の溜息を零した。
それを悟空は呆れられたと取ったのか、酷く萎れた態度するのだ。
「ご、ごめん……! 三蔵、重かっただろ?」
そんな態度を取られると、三蔵の方がよほど謝らなければいけないような事をしていたのだと後ろめたくなってしまう。
「気にするな。こんな陽気だしな」
でも、平気だと気にすることはないと告げれば、悟空は今度は恥ずかしそうにはにかむのだ。
今の三蔵に取って、そういった表情は目に毒だった。
思わず抱きしめたくなってしまう。
「夕飯の支度、するな? お詫びじゃないけど、三蔵の好きなもの作るよ。何がいい?」
悟空はそんな三蔵の心情など知る由も無い。
至近距離で可愛らしく首を傾げて笑ったのだった。