染まる一色 (4)


休暇の残りも半分を切っていた。
珍しく一人街まで下りて、三蔵は煙草のストックと酒を購入する。
こればかりは、未成年である悟空に買わせるには抵抗があったのだ。
最初、悟空の事を15、6歳だと思っていたのが。
年を聞いてみれば18歳だという悟空に驚いた三蔵に、悟空は幼い子供のように頬を膨らませどうせ童顔だと拗ねた。
そういう態度をするから、余計に幼く見えるなどと忠告する三蔵ではない。
その態度こそが気に入っているものでもあるのだ。
車を走らせること小一時間、やっと戻ってきた三蔵は車庫に車を入れて玄関を開けた。
「おかえりー、外暑くなかった?」
途端に満開の笑顔で出迎えられて、三蔵はほんの少し感動してしまった。
三蔵は、ここもう何年もこうやって出迎えてくれる人など居なかった。
だから、お帰り、と言う言葉はとても新鮮だったのだ。
返事を返さない三蔵に悟空は首を傾げながらも、冷たいお茶があるからねと言い置いて奥へと姿を消す。
元来、自分のスペースを人に荒らされるのは好まないはずなのに、悟空はすんなりと三蔵の心の中にまで入ってくる。
本当に自然に、まるで最初からそこにあったように空気を乱さない悟空に、心は惹かれていくばかりで。
やはり触れたい、と思ってしまう。
しかしその欲望は目の前の少年を汚してしまいそうで怖かった。
それに、どうせ長く一緒にいることなど出来はしないのだ。

三蔵が今回の長期休暇を手に入れられたのは、海外への出張が決まったからだ。
出張となってはいるが、期間が決まっているわけではなくほとんど栄転に近い。
それに、悟空が向けてくる好意と三蔵が思っている気持ちには決して埋まらない差があるのだ。
ここにいられるのも後数日。
思いを告げたところでこの思いが実るはすもなく、それならせめてその記憶に残っていたい。
たとえ嫌われたとしても、忘れられるよりは良いと思った。



いつもなら夕食を終えて帰って行く悟空を引き止めて、三蔵は晩酌に付き合わせた。
自分にはストレートのウィスキーを、悟空には軽いカクテルを。
未成年だということも考慮しつつ、年頃の好奇心を利用して酒を勧めた。
三蔵の予想通り、悟空は断ることはしなかった。
「今までに飲んだことはないのか?」
「うちの親、結構煩くてさ。そういうのは全然」
向かい合わせのソファに腰かけ、好奇心に目を輝かせつつ三蔵が運ぶグラスを待っている様子はマテをさせられた子犬のようで三蔵の笑みを誘う。
「まぁ、何事も経験だろう。ただし、一杯だけだぞ」
オレンジジュースで割ったカクテルを悟空の前に置いて、先に釘を刺すことは忘れない。
とりあえず舐めてみろ、とグラスを指せば悟空は嬉しそうに口を付けた。
「どうだ?」
普通のものよりもかなり酒の割合を少なくしたカクテルは、子供の味覚にも合うはずだ。
「旨いっ! ってゆーか、普通にオレンジジュースっぽい」
「まあな。それでも酒自体は割りとアルコール度数の高いものだから一気には飲むなよ」
自分のグラスを傾けながら注意する三蔵に悟空は口を尖らせる。
他愛の無い話をしつつ、悟空はグラスの中身が半分になる頃には顔を赤くしてなにやら上機嫌になっていた。
「お前……酔っ払っているだろう」
三蔵は、あまりの悟空の酒の弱さに少しだけ失敗したかと思う。
「全然、そんなことないって」
陽気に言う様はまさしく酔っ払いのそれで。
確かに、わずかな時間でも悟空と長く過ごしたくて誘ったことだが、これではこのまま帰すのは難しいかもしれない。
そうすると、三蔵にとっては色々と不都合が生じる。
そもそも今の状態でもかなり三蔵にとっては都合が悪い。
アルコールが入ったせいで、悟空は頬を染め、心なしか涙目になって三蔵を見つめてくる。
心臓に悪いどころの話ではなかった。
「もう、やめておけ」
「えー! まだ一杯は飲んでないのにっ」
それでもまだ呂律が回っていることから、完全に酔っているわけではないことが伺えたがさすがに未成年にそれ以上飲ませるわけにはいかなかった。
グラスを取り上げれば、それを取り戻そうと悟空が間にあるガラスのローテーブルを跨いで三蔵にすがり付こうとするので、三蔵もさすがに焦った。
「おい、こらっ」
「ダメー、俺が飲む」
手を伸ばした悟空がバランスを崩し転げそうになったのに、三蔵は咄嗟にグラスをテーブルに置き、両手で一回り小さい体を支えるようにして抱き込んだ。
「ったく、危ねぇ」
きっちりと腕の中に収まった体に安堵の溜息をついたが、三蔵はすぐさま己の行動を後悔した。
小柄な悟空の体は丁度良く三蔵の腕に納まり、顎が頭に乗る位置に来ている。
「ご……ごめん」
さすがに酔いは吹き飛んだのか俯いたまま謝る悟空に、三蔵はそれどころではない。
悟空の今の体勢は三蔵を跨ぐようにして座り、お互いが抱き合っているような状態なのだ。
「さ、三蔵?」
返事の無いことに不安になった悟空は恐る恐る顔を上げる。
見上げられた三蔵は、揺れる瞳と腕の中の暖かさに何かが壊れる音を聞いた。
片方の手を悟空の後頭部に当て、もう片方の腕は細い腰を引き寄せた。
「なっ……んっ!」
突然の事に驚いている悟空に、三蔵はまるで噛み付くようにキスをした。
最初から無遠慮に舌を滑り込ませて口腔を弄る。
悟空は逃げようと身を捩るが、腰と後頭部を押さえられては身動きが取れない。
それでも三蔵の体を離そうと方を押し返すが、まったくといっていいほど拘束は緩まなかった。
「やっ……ぅんっ」
角度を変えれば、微かに離れた唇の隙間から悟空の声が漏れる。
三蔵はそれさえも逃がさないというように更に深く舌を絡めた。
三蔵を引き剥がそうとしていた悟空の手は、いつの間にかシャツを掴んで震えていた。
どれくらいそうしていただろうか。
ようやく三蔵が唇を離した頃には、悟空は体の力が抜けきりぐったりとしていた。
悟空はなんで、と疑問と不安がない交ぜになったような視線を向けたが、三蔵がそれに答えることは無かった。