柳は緑 花は紅 (3)


「う、きゅう……」

寺院の庭の大きな桜の木の根元に悟空は座り込んだ。

「腹、減った」

そしてよく晴れた空を見上げて呟く。
昨日も今日も冬にしては暖かく、雪を恐れる悟空も普段の元気を取り戻していた。

今日は1月7日で人日の節句であり、それに合わせて朝食は七種粥が出されたのだが、元気とともに食欲も戻ってきたらしく、どうやら昼になる前に消化しきってしまったらしい。
それでなくても『燃費が悪い』と称される体質なのだ。

「なにか、もらってこようかな」

悟空は呟いた。

食べることに関しては、好きなだけ食べさせろ、と三蔵が申し渡していることもあって、いつでも厨房に行けばなにか出てくるようになっていた。
が、厨房で食事を作るのも修行の一環であって交替制だ。そこにいるのが妖怪嫌いの僧だった場合、食べるものは渡してくれるが、かなり意地悪なことをいわれることもあった。

保護者からは、さんざん猿だなんだといわれてはいるが、悟空にだって感情はある。嫌なことをいわれて平気のはずはない。
いわれもないことならばなおさらだ。
そこで寺院で出される食事以外で足りない分は、なるべく自力で調達しようという努力をしていた。

だが、ここに来たばかりのころはたわわに実っていた木の実も、さすがに冬ともなるとほとんどが姿を消していた。
それでも匂いを辿れば食べられるものが見つけられないこともないのだが、ただでさえ少ない食料を森の動物たちから奪うのは気がひけた。

「んーと、やっぱりお供え物かな」
「あとが面倒だからやめとけ」

思わず出た言葉に返事がきて、悟空はびっくりして声のした方を見た。

「三蔵」

普段であれば三蔵の気配に気づかないはずはないのだが、今は本当に腹が減りすぎているらしい。
横に立たれるまでまったくわからなかった。

「ほら」

大きな金色の瞳を見開く悟空の膝に包みが落とされた。

「お握りだ!」

ガザゴソと包みを解いた悟空が歓喜の声をあげた。
遠慮の欠片もなくさっそくパクつき出す。
そこに三蔵が声をかけた。

「それ食ったら行くぞ」
「へ?」

食べるのを一時中断し、悟空は顔をあげた。

「間抜け面。それに、もっと落ち着いて食えよ」

しゃがみこみ、口の横についた米粒を取って自分で食べながら三蔵がいう。

「行くって、どこへ? ってか、なんで三蔵、ここにいるの?」

正月からこっち、ずっと三蔵はなにかしら忙しくしていたというのに。

「仕事はもう終わりだ。街に行くぞ。明日休みをとったから、今日は街に泊まりだ。一緒に行くのは嫌か?」
「ヤじゃないっ」

勢い込んで答えると、悟空は手に持っていた握り飯を口に押し込んだ。

「おいてきゃしねぇから、ゆっくり食え」

それとわからないくらいの笑みを浮かべ、三蔵は悟空の隣に腰を下ろした。