柳は緑 花は紅 (4)
「うわあ、暗いのに明るい」
夕食をとり、店の外に出た悟空は感嘆の声をあげた。
この日、三蔵と悟空は連れ立って寺院から街にと下りてきていた。
翌日、三蔵の公務は休みで、二人はそのまま街に泊まることにしていたので、久方ぶりのゆっくりとした夕食になった。
去年の暮れから続いていた『仕事』が一段落ついたからだろうか。
珍しく三蔵は機嫌が良く、悟空がねだるものをほとんど注文してくれた。
自身もくつろいだ様子で酒の杯を重ねる。
仕事といっても表立っては、大晦日から元旦までの夜通し行われた法事と、三が日だけ日に一度、一般参詣客でも入ってこられるところで読経をしたくらいで、それしか知らぬ者ならば疲れるほどのことでもない、と思うだろう。
だが、この期間のために寺院の者たちはいつになく張り切って準備を進める。
その結果、いつもよりも煌びやかな法衣を着せられ、いつもよりも人目を引き、いつもよりも多い人間に取り囲まれて、三蔵はいつになく疲れきってしまう。
どちらかというと仕事そのものよりも、『客寄せ大熊猫(三蔵談)』みたいなもので、精神的なストレスがかなり高いのだ。
そしてそれに加え、個別に有力者や寺院が懇意にしている者たちからの挨拶を受けたり、このときとばかりに運ばれてくるいわくつき寄進物を整理したり。
意外と表から見えないところも忙しかった。
去年までは、こうしたある種苦行から解放されると、私室には近づくなと厳命して部屋でフテ寝をしていたものだが。
「三蔵っ、すっげー。夜なのに人がいっぱいっ」
とてとてと前を歩いていた悟空が大きな金色の目を輝かせて振り返った。
「まだみんな、寝ねぇの?」
寺院の夜は早い。
三蔵自身も含め、そう遅くまで起きているものはいないし、陽が落ちてから灯される明かりもそう明るくはない。
五行山から寺院へ旅をしていたときに、大きな町をいくつか通ってはきていたが、物見遊山ではなかったので、翌日に備えて夜は早く寝ており、こうした夜の賑わいとは無縁だった。
だから悟空にとって、明るい夜の街というのはとても珍しいものに映る。
そしてきょろきょろと見回す小猿の様子に、自然と三蔵の目元が緩む。
が。
「店も開いてる! あ、あそこ、肉まん、売ってる!」
と歓喜の声をあげて、飛び出していこうとする悟空の尻尾を――いや、髪の毛を掴んだ。
「いってぇ! なにすんだよ、三蔵のハゲ!」
「だれがハゲだ」
頭の上にひとつ拳骨を落とす。
「さっき、メシ食ったばかりだろうが。それにうろちょろするとはぐれる」
そういって手を差し出せば。
わかりやすく、悟空の顔は喜色に輝く。
無邪気な笑顔を浮かべながら、強く手を握って隣を歩く姿を見下ろす三蔵の眉間には、ここ数日刻まれっぱなしだった皺はどこにもなかった。