柳は緑 花は紅 (5)


バタバタという足音がしたかと思うと、バタンと勢いよく執務室の扉が開いた。

「三蔵っ!」

一直線に風のように悟空が三蔵に向かって突進してきた。
トンっと、机に乗っている書類にお構いなしに盆が三蔵の目の前に置かれる。

「食べてっ」

なんだか得意そうな笑みを浮かべて悟空がいう。
三蔵は悟空を見、それから目の前に置かれたものを見て軽く溜息をつき、おもむろに懐からハリセンを取り出した。

「ってぇ!」

スパーンという音と、悟空の声が重なる。

「仕事中だ」

三蔵は短く不機嫌そうに告げる。
叩かれた頭を抱えて文句をいおうとした悟空は、ぷくっと頬を膨らませた。

「そろそろ休憩時間のくせに。お汁粉。今日は……なんとかの開きで、みんなにも配ってるぞ。無くなっちゃうとタイヘンだから持ってきてやったのに」
「別に頼んでねぇ」

三蔵の反応は素っ気ないものだったが、代わりのように書類を取りにきていた小坊主がそわそわとした様子を見せる。
懸命に抑えてはいるようだが、まだ年端もいかぬ子供だ。
甘いものが配られているとなれば落ち着かないのだろう。

「ここはもういい。それだけ持っていけ」

三蔵がそう声をかけると小坊主はほっとしたような表情を浮かべ、書類をまとめて一礼すると扉に向かった。

「普通の人に配ってるのは門のトコだけど厨房に行けばあるから。他の子にも教えてあげて」

その背に悟空は声をかける。
と、小坊主は扉のところで少し驚いたような顔で振り返り、それからまた丁寧に一礼した。
パタン、と扉の閉まる音がした後で、悟空が勢い込んでいった。

「それ、俺が手伝ったんだぞ。餅を割るの。……って、割るとか言っちゃいけないんだっけ」

机に覆いかぶさるように体重を乗せ、足をパタパタさせながら言う様は、嬉しくてたまらないといった感じだ。

「俺ね、ありがとうって言われちゃった。お手伝いしたら、ありがとうって」

えへへ、と頬を染めて悟空が笑う。
先程から浮かべている満面の笑みはそのせいか、と納得がいった。

後見人が三蔵法師ということもあって、直接的に酷いことをされることはないようだが、余計な存在として邪険にされているのは感じているのだろう。
こんな見てくれだが、人の気持ちには聡い子供だ。

「良かったな」

いって、なんとなく頭を撫でてやれば、悟空の笑みがさらに大きくなった。
この子供の素直さに少しずつでも気付く人間が増えていけばいい。
そんなことを三蔵は思う。

「ね、ね、それ。食べて、食べて」

どことなくしみじみとした想いは、悟空の急かすような声で破られた。
三蔵は溜息をついて椀をとりあげるが、ふと気付く。

「お前の分は?」

聞くと、きょとんとした表情が悟空の顔に浮かんだ。

「あ、そうか。でも、いいや。三蔵、食べて、食べて」

食べ物のことなのに珍しく悟空はそんなことをいう。
どうやら強がっているわけではないらしいのは、その様子から知れる。
三蔵はもう一度溜息をつくと、箸で器用に餅を切り分けて、悟空の目の前に差し出す。

「ほら」

ぱちくりと目を見開く悟空に、箸を動かして促すと、まるで親鳥から餌をもらう雛のようにぱくっと口を開いたので、餅を放りこんでやる。

「おいしー」

悟空の笑みを見ながら口に入れた汁粉は、いつもの年よりも甘いような、そんな感じがした。



(memo)
1/11は鏡開きです。