柳は緑 花は紅 (6)
寝室の窓辺に座り、凍てつく夜にかかる月を見上げ、三蔵は杯を重ねていた。
夜は、日々の喧噪が嘘のように静まり返り、現実の世界にいるとはわかっていても、どこか夢のような心持ちがする。
そんなことを思うのは特になにかがあってのことではないが、強いて言えば月が綺麗すぎるせいかもしれなかった。
柔らかな金色の光を投げかける月に、なぜか心が惹かれる。
「……さんぞ?」
と、ペタペタという足音と幾分寝ぼけたような声がした。
ぽすん、と温かな体が抱きついてくる。
「起こしたか?」
んーん、と首を振るさまはどこかむずがる子供のようだ。
三蔵の夜着に頬をくっつけるようにして、悟空は目を閉じる。
「こら、こんなとこで寝るな。風邪ひくぞ」
どうやら本当に寝ぼけているらしい。
普段であれば、こんな風に自分から抱きついてきたりはしないのだが。
五百年という長い時間を孤独に過ごしてきた悟空にとって、他人の温もりというものはとても安心できるものらしい。
触れてやるとひどく嬉しそうな顔をする。
だが、三蔵があまり人に触れるのを好まないのを知っているのだろう。
自分からは、滅多に触れてはこない。
「寝台に戻れ、俺も寝るから」
持っていた杯を置き、悟空を寝台にと追い立てて、三蔵は少し開けていた窓を閉じた。
と。
「三蔵、これ、不味い」
背後で声がした。
振り向くと、三蔵が置いた杯を手に顔をしかめている悟空の姿が目に入った。
どうやら、中身を飲み干したらしい。
そういえばいつも興味津々といった態で、三蔵が酒を飲むのを見ていた。
強請られたことも一度や二度ではない。
その度に跳ね除けていたのだが。
「阿呆。それは子供の飲むもんじゃねぇ」
三蔵は悟空の手から杯を取り戻した。
「……なんか、ヘン」
すると、ふらりと悟空が傾いた。
慌てて三蔵は手を差し伸べて、倒れる悟空を支える。
「なにやってんだ、お前」
飲んだ量はたいしたことはないはずなのだが、どうやら完全に酔っぱらっているらしい。
「さんぞー」
ぎゅっと悟空が抱きついてきた。
「ずっと、ずっと、ずーっと一緒にいて、ね……」
そしてそう囁きかけると、すぅっと寝息をたて始めた。
「……ホント、バカ猿」
呆れたように呟きながらも、悟空を抱き上げる三蔵の手はいつになく優しかった。