柳は緑 花は紅 (7)


執務室の片隅で、なにか描いていた悟空がふと顔をあげた。
つられて書類のチェックをしていた三蔵の手も止まる。

――降ってきたか。

声に出さずに三蔵は思う。

朝食の後、いつもであれば外に飛び出して行くはずの悟空が、今日は執務室にいたがった。
外は、重い鉛色の雲と冷たい風。
雪が降るのか、と思った。

そして、その予想通り。
振り返れば窓の外にちらちらと白いものが舞っているのが見えた。

「さんぞ」

小さな声が呼ぶ。
筆をおき、立ち上がると三蔵は悟空の方にと向かった。

「向こう、行くね」

散らばっているクレヨンを片付けながら、悟空はいう。
話をするときはいつもまっすぐに三蔵の顔を見るのに、今の悟空の顔は不自然に下を向いたままだ。
視界に雪を入れないため。
直接悟空からそう聞いたわけではないが、わかりやすい態度にそうと知れる。

「そうか」

軽く、三蔵は悟空の頭に手を置いた。撫でるわけでもなく、ただ軽く触れては放す。
と、少しだけ悟空の顔が歪んだ。
それは泣きそうでもあり、安心したようでもあり。

「じゃ、ね」

悟空は呟くと隣の寝室にと消えていった。

ふっと、三蔵はため息をつく。
こういうときになんと言葉をかけたらよいのかわからない自分に、少し苛立ちを覚える。

例えばこれが光明であったのならば。
きっともっと上手に悟空の不安を消すことができるだろうに。

子供時代。包み込むような優しい笑顔に、すぐに不安が消し飛んでいたことを思い出す。
同じようにしてやれれば良いのだが。
一番近くで見てきたというのに、そのやり方がわからない。

それは頭を撫で、抱きしめて、甘やかすようなものではなかった。
光明はそういった意味では甘やかしてはくれなかった。

まだ『江流』と呼ばれていた頃。寺の僧たちに不当に扱われることもあったが、光明は知っていても余程悪質でない限り口を出すことはなかった。

それは、三蔵にとっても望むべくことだった。
師を煩わせたくなかったし、なによりも自分の力でどうにかすべきだと思っていた。

正直、今の悟空が三蔵と同じように考えているのかはわからない。
だが、こうして一人でどうにかしようとしているのならば。
それを妨げるべきではないと思った。

自分の足で立てるように。
自分でその怖さを克服できるように。

ただそれをするのに光明が与えてくれたような手助けができれば、もう少し悟空も楽になれるだろうに。

隣で小さくなって震えているであろう子供を思って、三蔵は深いため息をついた。



(memo)
2009/1/20は「大寒」です。