柳は緑 花は紅 (9)
「鬼は外!」
執務室の扉を開けた途端、そんな声が聞こえた。と思ったところ……。
「……っ!」
パラパラと小さなものが、三蔵にぶつかってきた。
しかもご丁寧に顔に。
一瞬、辺りに沈黙――というか冷気が降りた。
「っの、バカ猿っ!!」
ピキンと凍りついた空気は、突然の怒声で破られた。
額に怒りのマークを浮かび上がらせた三蔵が、悟空に詰め寄ろうと一歩、足を踏み出す。
が、そこでピタリと足が止まった。
眉を顰め、どことなく怪訝そうな表情を浮かべる。
一方。
ハリセンをお見舞いされると、反射的に目を瞑って身構えた悟空は、いつまでたっても衝撃がこないので、そろそろと目を開けた。
そこへ。
スパーン。
と、小気味の良い音が響いた。
「ひっでぇっ。なんだよ、いきなりフェイント?!」
クリティカルヒット!
というくらいの衝撃で、悟空は頭を押さえて上目遣いで三蔵を見る。
「るせぇ。いきなりはてめぇの方だろうが」
「んなこといったって、三蔵が急に戻るなんて知んねぇもん。今日は節分だって聞いたから、豆まきしてただけなのに」
「節分?」
「そ。豆まきをして邪を祓うんだろ。三蔵、ほとんど一日中、ココにいるから、気持ち良く仕事ができるようにって思ったのに」
ぷくっと頬を膨らませ、悟空は拗ねたようにいう。
すると少し不自然に間があいた。
「……綺麗どころか、散らかしてるじゃねぇか」
ややあって返ってきた三蔵の言葉はいつもと変わらなかったが、いつもであればもっとポンポンと言葉が返ってくるはずだ。
しかもなにやら三蔵は奇妙な表情を浮かべている。
悟空は小首をかしげた。
「なぁ、さんぞ、なんか変なモンでも食った?」
スパーン。
その言葉には即座にハリセンが返ってきた。
「いってぇなっ! もう、暴力坊主! せっかく人が心配してんのに」
「何でも拾って食うてめぇと一緒にすんな!」
一度で気がすまなかったのか、スパーンともう一度ハリセンが振るわれる。
「ったく、ここ、片付けとけよ」
いわれて見下ろしてみれば、床は転がった豆が踏まれて結構な惨状となっていた。
「踏んだの、三蔵だろっ」
「撒いたのは、お前だろうが」
うっ、と言葉につまる悟空に畳みかけるように三蔵はいう。
「片付けなければ、夕飯抜きにすんぞ」
「げっ、横暴っ!」
ぎゃんぎゃんと悟空は噛みつくが、三蔵は無視して、仕事が山積みになっている机にと向かう。
「さんぞーの馬鹿っ、タレ目っ、ハゲっ」
思いつく限りの悪口(といってもそんなものだが)を並べ、バタバタと悟空は部屋から出て行った。
辺りに静けさが満ちる。
静けさと――清涼さが。
さすがは大地が生んだ子供、ということだろうか。
豆を撒く、ただそれだけでここまで部屋を澄んだ気で満たすことができるとは。
普通の人間には――それなりに修行を積んだ人間でもそう簡単には場を清めることなどできぬのに。
ふっと肩から力を抜き、三蔵は机の上の筆を取り上げた。