柳は緑 花は紅 (12)


寝室の隅で、悟空は毛布を手繰り寄せると、自分を抱きしめるかのようにしてぎゅっと手に力を入れた。

ふるり、と震えたのは寒いからばかりではない。
目を瞑り、体を固くして、大丈夫、大丈夫と頭のなかで念じるように思う。

最近、だいぶ暖かくなっていたのだが、今日は朝からどんよりとした空が広がり、吹く風も冷たかった。
午後になって、心配していた通り空から白いものが落ちてきた。
ので、悟空は寝室に逃げ込んだ。

逃げ込む前は、執務室にいた。
三蔵の近くに。
雪が降ったからといって逃げ出す必要はなく、こんなときは甘えても怒られないことを知ってはいるが、それでもどうしても三蔵のそばにいることはできなかった。

ひとりでも大丈夫。
戦える。

いまはこうして丸まっているのが精いっぱいだけど。
大丈夫、大丈夫。
呪文のようにそう繰り返し唱えていたところ。

ふと、音が聞こえた。
パラパラ、と屋根に窓に、撥ねるような音が。

悟空は顔をあげた。
雪は音をたてない。
音を立てずに降り積もり、そのうえ周囲の音も吸収してしまうかのように辺りがしんと静まり返る。

怖いのはその無音の世界。
この世界に自分以外のものがいなくなってしまったかのように思えるから。

だけど。
音がするということは――。

悟空はそろそろと頭をあげ、ゆっくりと確かめるように窓枠に手をかけて立ち上がった。
と、窓に雨粒がついているのが見えた。
見ているうちにも、音を立てて雨が窓に当たってくる。
多少白いものも交じってはいるが、いつの間にか、雪は雨に変わったようだった。
悟空はしばらくその様子を見つめていたが。

「あ……」

なにかを思いついたかのように小さく呟くと、体にかけていた毛布を落とし、執務室へと走り出す。

バタン、と扉を開けると、三蔵と驚いたようにこちらを向く小坊主の姿が目に入った。

「それで全部だ」

びっくりして書類を手にしたまま動きを止めている小坊主とは対称的に、三蔵はなにごともなかったかのように小坊主に話しかける。

「あっ、はいっ。ありがとうございました。失礼しますっ」

我に返った小坊主が慌てたようにそういい、転がるように執務室を出ていった。

「三蔵」

入れ替わりに、悟空は執務室のなかにと足を踏み入れる。

「なんだ?」

たいして興味もなさそうに三蔵はいい、机のうえの煙草に手を伸ばす。
その普段通りの仕草に。
大丈夫、なんだ。
ふっと悟空の肩から力が抜けた。

雨でも大丈夫。
三蔵は強いから。
心配する必要なんてない。

「ごめん。なんでもない」

曖昧な笑みを浮かべ、悟空は執務室から再び出て行こうとするが。

「もうじき夕飯だぞ」

そう声をかけられて足が止まる。
もう一度、あらためて見た三蔵の顔にはなんの表情も浮かんではいない。
だが、心配されているのだ、とわかった。

人の心配をするよりも、自分が強くならなくては。
改めてそう思う。

「飯までここにいてもいい?」
「好きにしろ」

小首を傾げるようにして尋ねるとそんな答えが返ってきた。
悟空は笑みを浮かべ、三蔵のもとに近づいていった。


(memo)
2009/2/18は「雨水」です。