柳は緑 花は紅 (13)


「ふふ」

三蔵の寝台で、枕を抱えてゴロゴロとしていた悟空が忍び笑いを漏らした。

その視線の先には、三蔵法師の白い正装をした三蔵。
どんな姿も綺麗だと思うが、この三蔵法師の正装が三蔵には一番よく似合う、と悟空は思う。

が。

「……気色悪ぃ」
「むぅ」

嬉しそうににこにこしていた悟空は、眉間に皺を寄せ呟いた三蔵の言葉を聞き咎めて、途端に唇を尖らせた。
だが、三蔵は悟空の機嫌など知ったことではないというように、気にした風もなく話かける。

「猿、俺はそろそろ行くが……」
「猿じゃないっ」

がうっと噛みつくようにいい、それから悟空は拗ねたような表情を見せて、起き上がった。

「まだ坊さんたち、呼びにきてねぇじゃん。もう少しここにいてもいいのに」
「いろいろと準備があるんだよ」

今日は3月3日。
一般的には桃の節句と呼ばれることが多いこの日、慶雲院では、桃花祭というものが行われる。
寺院を桃の花で飾り、一般の参詣客に桃の花びらを浮かべた長寿祈願の酒を振舞う。
もちろん寺院あげての行事なので三蔵も無関係ではいられない。

「むぅぅ」

もう一度、唇を尖らせた悟空の頭を、三蔵は髪を掻き回すようにくしゃりと撫でた。

「夕方には終わるから――」
「おとなしくしてろっていうんだろ。大丈夫。ここから出ねぇから」

慶雲院では、神聖なる寺院に妖怪がいるということを隠そうとする空気が大半を占めており、先だっての大晦日から新年のときの儀式の折と同様、何人もの僧から決して部屋から出ぬようにと悟空はいい含められていた。

「別に出るな、とはいわねぇが」
「へ?」
「出るなら、見つからねぇようにしろ」

ぱちくりと悟空は目を開き、それからその表情は一瞬で笑みにと変わった。
晴れやかな笑顔に、なんとなしに三蔵はほっとするような気分を味わう。

いるのにいないように扱われることが、長年、岩牢に閉じ込められて外の世界と関わりを持つことができなかった悟空にとっては、辛いことだろうと思っていたので。
とはいえ、そんな想いは顔にも出さず三蔵は釘を刺すようにいう。

「騒ぎはごめんだからな」
「善処する」

返事は人を食ったようなもので、そんな言葉、どこで覚えたんだ、と思うが、すぐに自分が使っていることに気付き、三蔵は微かに複雑な表情を浮かべた。

が、いつまでも笑顔を浮かべている悟空に、三蔵の唇がそれとわからないくらいに持ち上がった。
そんな表情を見せないようにするためか、くるりと三蔵は体の向きを変えた。

「行ってらっしゃい」

背中に悟空の声を受け、三蔵は自室をあとにした。