柳は緑 花は紅 (14)


窓辺に佇み、三蔵はゆったりと煙草をくゆらせていた。
少し開けた窓からは、微かに冷たさを含むものの、春はもうすぐ、といった爽やかな風が柔らかく吹き込んでくる。

穏やかな午後。
暖かな日差しは、机の上に書類が溜まっていても、少しくらい休憩をしても良いだろうと思わせる。
そんな静かなひと時は、だが、パタパタという足音で破られた。

「ただいま!」

元気な声が響いたかと思うと、一直線に向かってくる――というか突進してくる影。
ドン、という衝撃とともに胸元に飛び込んできた。

予想していたとはいえ、その衝撃で倒れそうになり、三蔵は不機嫌そうに眉に皺を寄せて、懐からハリセンを取り出そうとしたが。
頬を赤く染めて、嬉しそうにしがみついている悟空の様子が目に入って、その手が止まった。

元来、三蔵は人に触れるのも触れられるのもあまり好きではない。
それを察している悟空は普段はこんな風に突然、抱きついてきたりはしない。
だが、今回はよほど嬉しかったのだろう。

「……喜んでくれたようだな」
「うん! 三蔵、ありがとっ」

満面の笑みとともに、悟空は答える。

1か月前。
おつかいに街に行った悟空は、『ばれんたいん』なるものでチョコレートを貰ってきた。
お返しをする日があるのだと、少し前に三蔵は教えていた。

そしてその日である今日。
悟空は裏の山で探し出してきた白い桃の花を手に、街へと降りていた。

「煙草屋のおばちゃんも、お菓子屋のお姉ちゃんも……それから、それから……えぇっと、いっぱいの人が喜んでくれたっ。白い桃の花って珍しいって」

えへへと笑いながら、ぎゅうぎゅうと抱きついてくる。

寺院のなかでは腫れものに触れるように扱われているが。
街の人から見れば、悟空はただの子供だ。
しかも明るく元気なので、可愛がられているのだろう。そんな風に接してくれるのがよほど嬉しいのだろう。

「悟空」

しばらく、三蔵は悟空の好きにさせていたが、落ち着いたところで声をかける。
と、悟空は今、初めて気づいたかのようにぱっと三蔵から離れた。

「椅子、持ってこい」

気まずそうな表情を見せる悟空に、三蔵が執務室の隅に置かれている椅子を指し示す。
不思議そうな顔をしながらも、悟空はいわれた通りに机の横にと椅子を置いた。

「座って、ちょっと待ってろ」

三蔵はそういうと、執務室から出て行き、しばらくしてお盆を手に戻ってきた。
書類を横に避け、悟空の前にお茶と。

「桃まんっ」

置かれたものに、悟空は顕著な反応を示す。
が。

「あれ? 三蔵のは?」
「いいから、食え」

自分用にお茶だけ置いて椅子に座る三蔵に、悟空は不思議そうな顔を向ける。

「でも」
「いいといってるだろ」

悟空は、しばし桃まんと三蔵を見比べていたが、不意に「あっ」と小さく声をあげた。
それから。

「三蔵、ありがとう」

浮かべた笑みは、これまで以上に幸せそうなものだった。