柳は緑 花は紅 (16)


たかたかと、悟空は庭を駆け抜けて裏山に向かおうとしていた。

風はまだ冷たく肌寒いが、空気のなかには冬のような厳しさはもうない。
それどころか、少しばかり暖かさも紛れていて。
少し早いが、春の走り、のようなものが感じられた。

ので、しばらく前から悟空は、冬の間、足遠くなっていた裏山にと出かけることが多くなっていた。
初めはほんの少し足を踏み入れるだけ。
だが、それがどんどんと距離を増し、いまでは前と同じように裏山を飛び回るまでになっていた。
そして今日も今日とて、裏山に向かっていたのだが。

「あ」

突然声をあげ、悟空はふと足を止めた。
それから二、三歩後退して、目についたもののところに戻る。

「かわいい」

悟空は嬉しそうにいってその場にしゃがみこむと、頬杖をつくようにして地面を眺めた。
どのくらいそうしていただろうか。

「なにをしている?」

上から幾分不思議そうな声をかけられて、悟空は顔をあげた。

「三蔵」

にこにこと嬉しそうな顔が、さらに輝く。

「芽が出てる」

悟空が指さす先は、いま芽を出したばかりのような小さな双葉。
庭の一角ではあるが、それは植えられたものではなく、雑草のように思えた。
が、悟空にとってはどちらも同じ植物で、違いはない。

「花、咲くやつかな? 食べれるやつかな?」

違いがあるとしたらそれくらいだろう。
微かに苦笑じみたものが三蔵の顔に浮かぶ。
そのことに、ついてきた僧たちが一様に驚いているのを無視して。

「さあな。観察していればそのうちわかるだろう」

三蔵はそういうと、軽く悟空の頭を小突くように撫でて本堂にと向かう。
撫でられた頭に手をやって悟空は一瞬きょとんとしたような表情を浮かべるが、すぐに笑顔になって三蔵の後ろ姿を見送った。

植物が芽を出すということは、春の訪れを告げているということ。
悟空は、春の息吹に触れるように大きく深呼吸をした。





ちなみにその後。

悟空が見つけた双葉の周囲には同じような芽が顔を覗かせ、やがてどんどんと大きくなっていった。
そして春の盛りに、その一角は小さな青紫色の花――菫で埋めつくされた。
それは、ちょっと見事な光景だった。

一番喜んだのは悟空だった。

もちろん花が可愛いからというのもあったが。
三蔵の目と同じ色の花をだれよりも早く見つけられたから、というのは小さな秘密だった。