柳は緑 花は紅 (19)
そっと木の幹に抱きつくように頬を寄せると、そんなはずはないのに、温かい気がした。
頭上からはハラハラと止めどなく花びらが降ってくる。
もう少ししたら花も終わり、新しい葉が芽吹きだすだろう。
それは自然の理。
なのに、なぜ。
散ってほしくはないと。
このまま咲き続けてほしいと思うのだろう。
――この、桜の花だけは。
悟空は溜息をつき、くるりと体を反転させ、今度は幹に背中を預けるようにして上を見上げた。
散る花。
散りゆく――。
ツキン、と胸が痛んだ。
なにも失ってなどないのに。
どうして大事ななにかを失くしたような気持ちになるのだろう。
無意識のうちに胸を押さえ、少し下げた視線の先に。
輝く光が映った。
光。
消えてしまう、光――。
「っ!」
突き動かされるように、悟空は走り出した。
ドン、と。
突然、衝撃を感じ、倒されそうになって、三蔵は反射的に足に力を入れた。
思わずハリセンを取り出そうとし、だが、腰の辺りにぎゅっと抱きついている悟空の様子を見て微かな溜息をもらす。
「……おい、猿」
頭を掴んで、強引に顔をあげさせる。
予想に違わず、今にも泣きだしそうな表情がそこにあった。
「仕事中だ」
だが、三蔵は普段とは変わらぬ口調で告げる。
悟空は目を見開き、それからはっとしたようにパッと三蔵から離れた。
よく見ると三蔵は本堂に向かう途中だったようで、周囲には何人もの僧たちがつき従っていた。
「ご、ごめん」
悟空は慌てたようにいって、その場を立ち去ろうとするが。
「待て」
三蔵が呼び止めた。
懐に手を入れて、悟空にと寄越したものは。
「煙草……?」
怪訝そうな顔で、それでも差し出されたからには悟空は受け取る。
「あとで一服するから、それまで預かってろ」
「え……?」
どういうこと?
そう聞こうとしたときには既に三蔵は歩き出しており、声をかけることもできずに、悟空はその場に立ちつくした。
ぼうっと見送っているうちに三蔵の姿は視界から消え、悟空は改めて煙草に視線を落とした。
あとで一服するから。
そう、三蔵はいっていた。
ということは、あとでこれを取りにくるということ。
それは。
このまま、消えたりはしないということ。
手のなかにある確かなもの。
ふっと。
桜の花が咲いてから初めて。
悟空はいつものような綺麗な笑みを浮かべた。