柳は緑 花は紅 (21)
ぴょこぴょこと。
まるで動物のしっぽのように、後ろでひとつにくくった髪が揺れている。
鮮やかなアゲハ蝶を追って、悟空は寺院の庭を跳ね回っていた。
光がはじけるような笑い声が響く。
悟空の運動能力からすれば、蝶など簡単に捕まえられそうなものだが、蝶はその手を通り抜け、ひらひらと優雅に舞っていた。
ただじゃれているだけなのかもしれない。
事実、一緒になって踊っているかのようで。
それは見ていて微笑ましい光景だった。
「……三蔵さま」
遠慮がましい声が室内に響いた。
窓辺にたって、外の風景を見ていた三蔵はゆっくりと振り返る。
と、恐縮した態の小坊主が目に入った。
「決済済の書類ならそこだ」
三蔵は目線で机に積まれている書類を指し示す。
「はい。いただいていきます。こちらが新たな書類です」
小坊主は手に持っていた書類を机の真ん中に積み上げる。
三蔵は軽く溜息をついて、机にと戻った。
「あの……」
筆を取り上げる三蔵に、小坊主が遠慮がちに声をかける。
三蔵は書類から小坊主の方にと視線を移した。
特に睨んだわけでもないが、小坊主は緊張した面持ちで体を強張らせる。
そんな態度を目の当たりにして、いつもならばそんなに気にすることもないが、『三蔵法師』という存在がどういうものなのか、改めて考えさせられる。
だが。
瞬時にくだらない、と思う。
どう見られようが、どう思われようが、三蔵は三蔵なのだ。
ふっと視線を外すと、それで少しは緊張がとけたのか、小坊主が少し早口で、勢い込むように話しかけてきた。
「あの、お邪魔なようでしたら、注意してまいりますが」
「邪魔?」
とっさに言葉の意味がわからず、三蔵は訝しげな表情でもう一度、小坊主の方を見た。
「あ、いえ。外の……あの子供、ですが……」
「あぁ」
そういうことか、と三蔵は思う。
ふっと溜息らしきものをつき。
「構わん。好きにさせとけ」
そう言って、再び書類に向かう。
「用はそれだけか?」
「あ、はい。すみません」
小坊主は慌てたように一礼し、それからバタバタと執務室を出て行った。
ふぅ、ともう一度、三蔵は大きく溜息をついた。
外では相変わらず小猿のはしゃいだ声が響いている。
それを聞きながら。
三蔵は、改めて筆をとりあげた。