柳は緑 花は紅 (24)


むぅ、と悟空は唇を尖らせて地面に転がっている石を蹴飛ばした。

三蔵は寺院関係の仕事で昨日から出かけていた。
一晩だけですぐに戻るといっていたので、三蔵が帰ってくるのに合わせて裏山に山菜摘みに行った悟空が、意気揚々と厨房に山菜を届けてみれば、そこにいた僧に三蔵が帰ってこれなくなったことを聞いた。
さきほど三蔵からまだしばらくかかりそうだという連絡が入って、三蔵の分の食事は今日は作らなくてもよい、といわれたそうだ。

「しばらく、っていつ帰ってくんだよ」

頬を膨らませ、悟空はまた地面の石を蹴る。
と。

「わっ」

声がした。
闇雲に歩いていて、寺院の門近くまできていた。蹴った石が門に当たり、それが思わぬ方向に飛んでいき、門のそばにいる人のところに飛び込んでいった。
この辺は一般の人も入れるところだ。僧なら良いということではないが、一般の人に怪我をさせてはいけない。しかも三蔵のいない間に。

「大丈夫?」

悟空は慌てて、人影に向かって走り出した。

「大丈夫、大丈夫、当たってないから。びっくりしただけだよ」
「ごめんなさい」

にこにこと笑う相手に悟空は頭をさげる。
三蔵と同じくらいの歳か、少し上くらいの青年だ。人好きのする、穏やかな雰囲気をまとっている。

「あれ? もしかして悟空君?」

と、瞳を覗きこまれるように見られて、ちょっとびっくりしたように聞かれた。

「そう……だけど……?」

悟空もびっくりする。
相手は、悟空を知っているようだが、見覚えのない顔である。

最近は三蔵のお遣いで長安の町まで降りていくことがあるから知り合いが増えたが、基本的に悟空の知っている人というのは限られている。
この寺院にいる人間か、長安のお店の人か、町の子供たちか。
そんなものだ。

目の前にいる人はその誰にも当てはまらない。

「良かった。いま、捜してもらっていたところなんだ。はい、これ」

青年は懐から封書を出し、悟空に差し出した。

「君に届けるように頼まれたんだ」
「え?」

悟空は訝しげな顔をしながら中身を取り出した。
なかに入っていた紙を広げてみると、墨の色も鮮やかな、流麗な文字が目に入る。

「三蔵からだ!」

悟空は顔を輝かせた。







「失礼します」

窓のそばに立って月を眺めていた三蔵は、そう声をかけられて戸口の方を向く。

「……早かったな」
「それが自慢ですから」

悟空のもとを訪れて帰ってきた青年が、にこにこと笑って答える。

「確かにお渡ししました。とても嬉しそうでしたよ」
「そうか。ご苦労だった」

どことなくほっとしたような顔をし、三蔵は窓の近くに置かれている机に戻る。

「これを頼まれてきました」

と、その目の前に、折りたたんだ画用紙が差し出された。

「では、失礼します」

青年は丁寧に一礼すると、部屋を出ていく。

部屋に残った三蔵が、カサッと微かに音をさせて画用紙を開いてみれば。

『げんき』

と、いまにもはみ出しそうな文字で書いてあるのが目に飛び込んできた。

「それしかいうことがねぇのかよ」

思わず三蔵は呟くがわかってしまう。
たぶん最初は、いろいろと書いたのだろう。だけど、あれこれ書くと三蔵に心配をかけるような文になってしまうから。

「にしても、手紙の書き方くらいは教えねぇとダメだな」

今度はもう少しマシな文面が書けるように。

そう思う三蔵の口元には微かに笑みが浮かんでいた。


(memo)
5/23は「恋文の日」です。