柳は緑 花は紅 (25)


「ラストっ」

向かってくる武器を素手でへし折り、相手が驚いて立ち止まる隙をついて蹴りを食らわす。

吹っ飛ぶ相手が地に倒れるのを見ずに、悟空は駆け出した。

一直線に、三蔵のもとに。
まるで飼い主のもとに戻る仔犬のように。

「さんぞっ」

そして安全装置をかけ、小銃を懐にしまう三蔵に飛びついた。
……本当の仔犬のように。

「いきなり飛びつくんじゃねぇっ」

スパーン、と今度はハリセンを取り出した三蔵がすかさず悟空の頭をはたく。

「う〜〜」

拳で殴られるよりはマシだろうがそれなりに痛いらしく、ちょっぴり涙目で悟空は三蔵を見上げる。

ふたりにとってももうお馴染みのパターン。
というか。

これだけ繰り返しているのに、ハリセンを食らわないよう、なぜ学習しない? と三蔵は思う。
が。

「猿頭だから仕方ないか」

思わず呟いた声は悟空にも聞こえたらしく。

「いきなりなんだよっ」

噛みついてきた。
だが。

ぐぅ〜きゅるるるぅ、と。
ありえないほど大きな音が辺りに鳴り響き、悟空はその場にヘタリこむ。

「……腹、減ったぁ……」

それもそのはず。
もう日も暮れようとしているのに宿屋で朝食をとってからなにも口にしてないのだ。

昨日、三蔵は三仏神に呼び出され、野盗に奪われた仏像を取り戻すよう命を受けた。

前回、寺院の仕事で三蔵が出かけたときにひとり置いて行かれた悟空は、今回は連れて行けと騒ぎ立て、三蔵は渋々了承した。

ひとりの方が気が楽だと三蔵は思っていたが、問答無用で野盗から仏像を奪い取ったときといい、いまのように取り返そうと追ってくる連中をぶちのめすときといい、悟空は戦力としてかなり役に立っていた。

とはいえ、次から次にと仏像を取り戻そうとやってくる連中の相手は手が焼ける。

どうやら仏像はすごい価値のあるもので野盗にとっては諦めきれない宝らしい。
仲間関係はよくわからないが、たぶんもともと仏像を奪っていった野盗以外の輩も多くいるのだろう。

倒しても倒しても、キリがない。
燃費の悪い悟空がヘタリこむのも無理はなかった。

「ったく……」

三蔵は懐に手を入れると、小銃でもハリセンでもなく、饅頭を取り出した。

それは今朝出てきた宿屋の主人お手製で、途中で食べるようにと袋に入れて持たせてくれたものだった。
宿屋の食事を、悟空が美味しそうにたくさん食べたのを主人が気に入ってのことらしい。
饅頭は、途中でどころか、宿屋をたってからほどなくで悟空の腹におさまってしまったのだが。

「それ、三蔵にあげたやつじゃん」

なかのひとつを悟空は三蔵に渡していた。
本当はもっと渡そうとしたのだが「ひとつでいい」と断られたやつだった。

悟空はヘタりこんだまま、澄んだ金色の瞳で三蔵を見上げた。

「それは三蔵のだよ。宿屋のおじさん、ふたりで食べてっていってた。せっかくもらったんだから、ちゃんと食べてあげないとダメだよ」

いつもなら飛びつくところを、こういう人の好意は無にしないようにという心遣いはどこからくるのだろう。
少なくとも三蔵は教えた覚えはない。

三蔵は無言で饅頭をふたつに割ると、一方を悟空に差し出した。
と、悟空は嬉しそうな顔した。
受け取って、ものの一口でぺろりと平らげる。

全然、腹の足しにはなっていなだろうに、幸せそうな表情を浮かべる。

「半分こって嬉しいね」

にこにこと笑う悟空に、返す言葉が思い浮かばず、三蔵はそれをごまかすかのように饅頭を口に入れた。