柳は緑 花は紅 (27)
――怖い夢を見た。
パッと目を見開くと、悟空は飛び起きた。
辺りは暗く――昼寝をしていたのだが、もう夜になってしまったのかと思う。
きょろきょろと周囲を見回し、三蔵がまだ帰ってきてないのを確かめると、悟空は寝室を飛び出して執務室へと向かった。
このところ三蔵は仕事が忙しいらしく、悟空と満足に話もできない日が続いていた。
だから夜遅く自室に戻ってくる三蔵に合わせて起きていられるようにと、昼寝をしていたのだけど。
廊下は走るなとかなんとか、なにごとか小言をいう僧たちの間をすり抜けて、悟空は執務室に辿りついた。
扉を開けて。
そして、そのまま動きを止める。
なかにいた三蔵の様子に、その場から動けなくなって。
三蔵は窓辺に立ち、机の上に積まれた書類はそのままに、外をぼんやりと眺めていた。
外――暗い雲がたちこめて、しとしとと静かに雨が降る風景を。
悟空は一歩下がり、そっともとの通り扉を閉めた。
コツン、と扉に額を押しつける。それから大きく深呼吸をした。
大丈夫。もう目が覚めた。怖い夢はどこかに行ってしまった。もう覚えてもいない。
大丈夫、大丈夫。
呪文のように繰り返していたところ、突然、扉が開いた。
「わっ」
寄りかかるようにしていたので、前のめりに倒れそうになる。
が。
「なにをしてるんだ、お前」
三蔵に抱きとめられた。
「さんぞ」
悟空は三蔵を見上げた。
三蔵は、いつも通りの少し不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「なにを泣いている」
いわれて悟空は自分の頬に手をやる。
全然自覚がなかったのだが、頬は涙で濡れていた。
「怖い夢を見た」
悟空は三蔵の法衣の端を掴み、小さな子供のような口調で訴えた。
「こんな時間から寝てるからだろ」
くしゃりと髪をかきまぜられた。
それだけで心に渦巻く不安は消えていく。
だけど、三蔵は――。
「さんぞ」
法衣を掴んだまま、悟空は伺いをたてるように小首をかしげる。
「俺、ここにいちゃダメ?」
しばし考え、やがて三蔵は口を開く。
「……邪魔しねぇと誓えるなら、な」
「うんっ。邪魔しない」
なにもできないけれど。
三蔵にとっては、ただ邪魔なだけなのかもしれないけど。
でもだからこそ、そばにいれば気が紛れるだろう。
イライラさせるだけかもしれないけど、あんな顔をしてるよりはずっといい。
そう考えながら、悟空は三蔵に続いて執務室に入って行った。