柳は緑 花は紅 (28)


ざわざわと木々の葉の鳴る音がやけに大きく聞こえた。



夜の闇のなか、ふと三蔵は目を覚ました。
なんとなく違和感を覚えて。

胸の辺りが落ち着かない感じに、起き上がって、一体、なんだろうと辺りを見回す。

と、隣の寝台で寝ているはずの悟空の姿が見えないことに気づいて三蔵は眉間に皺を刻んだ。
寝つきの良い子供は一度眠ってしまうと、朝まで起きない……はずだ。
怖い夢を見た、というとき以外は。

そういうことがごく稀にある。
今回もそうだろうか、と思うが、それにしては悟空の姿がない。

怖い夢を見たというときは、いつもただ黙って静かに涙を流している。
暗闇のなか、そんな姿を見るのは普段とのギャップがありすぎて落ち着かない気持ちになる。
だからそうでなくて良かった、のかもしれないが――。

だが、ふとあることに気づいて、三蔵の眉間の皺がさらに深くなった。

起きているときはいつも煩いくらいにその存在を主張し続ける悟空の気配が。

いまはなくなっていた。

いや、なくなっているわけではない。
けれど、ひどく希薄だ。

「寝ながら歩いてるんじゃねぇだろうな」

三蔵は呟くと、布団から出て床にと降り立った。





外に出ると、風にそよぐ木の葉の音はさらに大きくなった。
夜の雰囲気がそう思わせるのだろうか。
ざわざわという音が人の話し声のように聞こえてくる。

三蔵は微かに口元を歪め、頭をひとつ振って馬鹿げた考えを振り払うと、寺院の奥の庭を進んでいった。

今夜の月は細く、弱々しい光はほとんど地上に届いていない。
庭は暗く、影となったところは濃い闇に沈んでいる。
影の濃淡だけで構成された庭の風景は、昼間とはまるで違う不思議な雰囲気を醸しだしていた。

そんななかを進んでいくと、一際大きな桜の木のそばに探していた姿を見つけた。

声をかけ、ハリセンのひとつでもかましてやろうと、足を速めようとするが。

軽く目を閉じて、暗闇を受け止め同化するかのように手を広げている悟空を見て、はっとしたように三蔵は足を止めた。

悟空は耳には聞こえぬ声を聞いているような風情で、口元に微かな笑みを浮かべている。
それは、ひっそりとたたずむ、少年の彫像のような姿だった。

ざわざわと木々の葉が揺れる。
まるで話しかけるように。

「……っ」

わけのわからぬ焦燥感に駆られ、三蔵は走りだした。

悟空の腕を掴み、引き寄せる。
どこにも行かせない、とでもいうように腕のなかに閉じ込める。

風が強くなり、木々のざわめきも大きくなる。
だが、それを聞かせないよう、ますます三蔵は強く悟空を抱きしめた。

どのくらいそうして抱きしめていたのか。

「……さんぞ?」

腕のなかから、戸惑ったような声が響いた。
はっとして、三蔵は腕の力を緩める。
小首を傾げるようにして、三蔵を見上げる金色の目と目が合った。
その表情には、さきほどまでの作り物めいたところはどこにもない。

「大丈夫だよ。ここにいるよ」

三蔵を見つめたまま静かに告げる悟空の言葉に、三蔵は眉間に皺を寄せ。
そして。

「帰るぞ」

いくぶんぶっきらぼうにいうと、悟空に背を向け、もと来た道を辿りだした。


後ろからついてくる足音に、なぜかとても安堵しながら。


(memo)
夏至の日に。