柳は緑 花は紅 (33)
目の前が急に暗くなった。
あれ……?
と思う間に、目に映るものの色彩が失せて白黒になる。
あれれ、れ?
と思ったのを最後に悟空の意識は途切れた。
「……っの、バカ猿!」
怒声とともに、いきなりバシャンと水がかけられた。
「ぴゃっ!」
びっくりして悟空は跳ね起き、だが、ぐらりと世界が傾いてバランスを崩す。
うまく受け身を取れなくて、地面に打ちつけられる、と思ったところ三蔵に腕を取られた。
「三蔵さま、そんな乱暴な……」
取り成すような声がして吊るされるように腕を掴まれていた悟空の体は、そっと地面に降ろされた。
「え、と……」
なにがなんだかわからない。
仁王立ちになった三蔵とその後ろに控えている若い僧の顔を見る。
「長時間、外で遊ぶなと言っておいただろうが」
三蔵は不機嫌そのものという顔をしている。
が、口調や表情とは正反対の仕草で、地面に座り込む悟空はそっと抱きあげられた。
「さ、さんぞっ。歩ける。自分で歩けるからっ」
悟空はびっくりしてあたふたと三蔵の腕から逃れようとする。
「じっとしてろ。落とすぞ」
そんな悟空をさらにしっかりと抱え直し、三蔵はスタスタと建物に向って歩き出した。
「お水の用意をしてきますね」
庫裏に向かう若い僧を、三蔵に抱きかかえられたまま、悟空はぼんやりと見送った。
「本当はあんな風に水をかけるものじゃないんですけどね」
先程の若い僧が、水と濡らしたタオルを持ってやってくると、悟空についていた三蔵は執務室にと戻って行った。
若い僧は悟空に水を飲ませ、寝台に横にならせて額と脇の下にタオルをあてがう。
そうしながら、暑い中、水分もとらずにいると、こんな風になってしまうのだと説明した。
「注意してくださいね。なるべく涼しいところで休むようにして」
「うん」
しゅんとして、素直に悟空は頷いた。
「あまり三蔵さまに心配はかけないでくださいね」
「……うん」
ますますしゅんとして悟空はいう。
三蔵のあの態度で心配しているのか、と普通の人は疑うところだろうけど。
表に出す表情だけがすべてではないから。
「気をつける」
悟空は小さく呟いた。