柳は緑 花は紅 (34)
「さんぞー、スイカ!」
執務室ではなく、ここは蒸し風呂だったか、というような暑さの午後。
もう仕事を放り投げてやろうかと三蔵が思っていたところ、悟空がスイカを頭の上に掲げて執務室に入ってきた。
「お前は……。あれほどノックをしろといってるだろうに」
相変わらずノックもせずに、ずんずんと我が物顔で執務室に入ってくる悟空に、三蔵は溜息を漏らした。
暑過ぎて、ハリセンを取り出して怒る気にもなれない。
「だって両手が塞がってたんだもん」
「じゃあどうやって扉を開けたんだ」
「えっと……」
しばし考え、それから、てへっと悟空が誤魔化し笑いを浮かべる。
はぁ、と三蔵はもう一度、溜息をついた。
そんな三蔵にお構いなしに、悟空は机のうえにスイカを置くと、その辺の書類を片づけ出した。
「おい、こら、勝手に……」
「いーじゃん、どうせ今日はもう終わりだろ?」
確かに今日はもう仕事を放り出そうかと思っていたのだが。
ときどき、三蔵には悟空の『聲』のようなものが聞こえることがある。
聲、というか感情というか。
そんなものが流れ込んでくる。
それと同じで、悟空にも三蔵の聲が伝わっているのかもしれない、と思うことがある。
たぶん悟空は意識して聞いているわけではないのだろうが。
そんなことを思いながら、ぼんやりと悟空のやることを見ていたところ。
「せーのっ」
かけ声とともに、いきなり悟空が手刀でスイカを割った。
パシャン、とスイカの汁がその辺に飛ぶ。
「なにをする!」
ほとんど反射的に三蔵はハリセンを取り出すと悟空の頭に振り下ろした。
「いってぇ〜。なにをする、は三蔵の方だろうが。もう、なんでいっつもいきなりハリセンなんだ?」
「そうされることをお前がするからだろうが」
「だって、ちゃんと片づけたじゃんか」
ぷぅ、と頬を膨らませて悟空がいう。
「片づければいいってもんじゃねぇだろ。だいたいな、庫裏で切ってこいよ、そういうのは」
「こっちのが早ぇもん。それより、はい」
悟空は胸ポケットからスプーンを取り出すと三蔵に渡し、それから執務室の隅にある椅子を引きずってきた。
「これ、どうしたんだ?」
机のうえのスイカを改めて見ながら三蔵が聞く。
まさか食事当番の僧がおやつにスイカを丸ごとひとつ悟空に渡すとは思えない。
「今日、お遣いを頼まれて街に行ったんだけど、途中で畦に荷車の車輪を取られて困ってた人がいてね。それで助けてあげたらくれたんだ」
悟空はスプーンで半分に割ったスイカをすくいながらいう。
「裏山の川で冷やしておいたから、冷たいよ」
「……半分食う気か?」
「え? 三蔵、足りない?」
「違う、食い過ぎだろ」
「そう? 丸ごと1個でもいけると思うけどな」
「じゃ、ひとりで食えば良かっただろうに」
悟空がいったような経緯であればスイカを貰ったことなど、いわなければだれもわからないことだ。
「三蔵と一緒のが美味しいもん」
当たり前のように言って笑う悟空に、一瞬、三蔵の動きが止まる。
三蔵は、嬉しそうに、美味しそうに食べる悟空を見つめると。
それとわからぬくらいの笑みを浮かべて、スプーンを使い出した。