柳は緑 花は紅 (35)


三蔵が私室に戻ってくると、小坊主たちが夕食の膳の用意をしているところだった。

が、珍しいことに悟空の姿が見えない。
辺りを見回し、どこかに隠れているわけでもないことを確認して。

「おい」

と、三蔵は小坊主のひとりに声をかけた。

「は、はいっ」

ビクッと肩を震わせて、話しかけられた小坊主は直立不動の姿勢をとる。

「悟空は?」
「寝室、かと思うのですが……。さきほど帰ってきてから、そちらに閉じこもりっぱなしのようなので」
「寝室?」

三蔵は腑に落ちないような表情を浮かべ、寝室に続く扉を開ける。

夕食の用意がそろそろできるというのに、寝室に閉じこもりっぱなしとは珍しいことだ。
いつもなら準備しているときから待ちきれぬ様子で待っているというのに。

「悟空」

なかをのぞくと、悟空が寝台でうずくまっていた。

「おい、どうした。具合でも悪いのか?」

いままでこんな様子の悟空を見たことがない。
三蔵は少し足早に悟空に近づいた。

「どうした?」

屈み込んで尋ねると、うっすらと目が開いた。
普段とは違う弱々しい光に、ふっと指先が冷たくなる。

「……腹、いてぇ」

だが、そんな呟き声がして、三蔵は脱力するような感覚を味わう。

「アホ。食べすぎだ、それは」

反射的に懐からハリセンを取り出すが、自業自得とはいえ苦しんでいるのにそれはないかと自重する。

「昼間にスイカを丸ごと食うからだ」

日中、スイカを貰ったといって悟空が執務室にやってきた。
半分こ、といわれたが、三蔵がそんなに食べられるわけはない。
結局、ほとんど1個を悟空が平らげた。

「とりあえず薬を持ってきてやるから、大人しく――」
「さんぞぉ」

と、涙声で呼ばれた。
普段、病気になったことがないから、自分の状態がよくわからなくて不安なのだろう。
そう思ったのだが。

「あのさ。外に連れてってくんない?」
「あ?」
「だって、お日さまに当ててやんなきゃ育たない。でさ、頼みがあるんだけど。ちゃんと実がなったら、来年もさ来年も植えてくれない? そしたらずぅっと三蔵のそばにいられる気がするから」
「……なんの話だ」
「臍から芽が出るんだろ? 三蔵、いったじゃん。腹が痛いのはそのせいなんだろ?」

悟空の言葉に三蔵はくらくらと眩暈のような感覚に襲われる。

確かに言った。
昼間、スイカをかきこむように食べている悟空に、種を飲みこんだら臍から芽が出るぞ、というようなことを。

だが。

「信じるか、普通」
「えぇ? 嘘なの?」

ぼそりといったことに、悟空が反応して起き上がってくる。
が、イタタと腹を押さえた。

「もう、俺、死んじゃうかと思ったのに……」

涙目になっているのは、腹が痛いせいばかりではないだろう。
三蔵は溜息をついた。

「薬、持ってきてやるから寝てろ。それからメシはあとで粥を頼んでやるから」

悪かった、の代わりか、三蔵はぽんぽんと悟空の頭を撫でるように軽く叩いて、寝室をあとにした。