柳は緑 花は紅 (36)
「あーつーいー」
悟空は木陰にごろんと横になって声をあげた。
じっとしてても汗が出てくるような暑さだが、木が生い茂り、小さな川ともいえぬ水の流れがあるこの場所は、嘘のように涼しい。
悟空は服の汚れるのも構わずに、ゴロゴロと転がり、水の流れに手を浸した。
「気持ちいー」
ぱしゃぱしゃと火照った頬に水をかけ、笑いながらひとりごちる。
「日陰と水分補給、だよな」
夏の初めの暑い日。
日の当たる外で元気よく遊んでいたところ、急に目の前が暗くなって倒れた、ということがあった。
そのときに三蔵の傍仕えの若い僧に、あまり日の当たるところに長時間いないことと、適度に水分を取ることとを言い含められた。
岩牢にいたころ、『暑い』と感じたことはなかった。
高い山の上で暑さが届かなかったこともあるが、それよりももっと根本的に、あそこでは『暑さ』も『寒さ』も『飢え』も、そういった肉体的な感覚が働くことがなかった。
――いや、ただ『寒さ』だけは、本当の感覚ではなく、感じていたが。
だから『暑い』という感覚がとても珍しくて。
倒れるまで自分の体調の変化に気づかなかった。
「気をつけなくちゃ、なぁ」
そのときの三蔵の顔を思い出して悟空は呟く。反省しているというよりはどこか嬉しそうに。
心配してくれる人がいるというのは嬉しいことだから。
「さんぞ……」
そっと呟く。
「三蔵」
もう一度。
そして、くふふ、と含み笑いをする。
名前を呼ぶたびに、心の中が温かくなるような気がする。
「三蔵」
何度目かに呼びかけたとき。
「なんだ」
突然、答えがあった。
「わっ!」
びっくりして悟空は飛び起きる。
「うるせぇよ」
「な、なんで?!」
「うるせぇって、いってんだろ」
「だって、でも」
「休憩中だ」
なにやかやと問いかけるのを黙らせるように一言短く告げられるが、休憩中にしてもこんな裏山まで来るだろうか。
「……さぼり?」
悟空の問いかけを無視するかのように、三蔵は吹き抜ける風に、目を細めた。
「ここは涼しいな」
「だろっ! 三蔵もこっちきて座れば?」
寺院では僧たちが必死になって三蔵を探してるかもしれないけど、隣にいてくれるのはすごく嬉しいから少しだけ。
悟空は極上の笑顔を見せて、三蔵に手招きをした。