柳は緑 花は紅 (39)


「え、と……」

悟空は少し困ったような、そんな表情を浮かべた。
それを見て、三蔵の眉が訝しげにひそめられる。

「なんだ? 他に欲しいものがあるのか?」
「欲しいもの、っていうか」

なんとなく歯切れの悪い答えが返ってくる。

いつもわかりやすい反応を返すこの子供にしては、珍しいことだった。
しかも、街に飯を食いに行くかという誘いに対しての返事となればなおさらだ。

ところでどうして三蔵がそんな提案をしたかというと、もともとは近隣の寺院から何人かの僧を短期間だけ研修として受入れることにしたのに端を発する。

そのなかのひとりが少しでも早く着こうと思ったのか、真夏の暑さのなか、休みなく慶雲院まで歩いてきた。
そして、門が見えたところで安心したのだろう。
立ち眩みを起こした。

それは危険なことに、長い石段を登っている最中で。
たまたま近くにいた悟空が風のように走り寄り、転げ落ちようとしていた僧を助けた。

初めての試みでそんな事故が起こったとなれば、今後にも差し支える。
研修など三蔵には面倒この上ないことだが、才能ある僧の芽を潰すわけにはいかない。

だから、それを伝え聞いた三蔵が褒美として、『街に飯を食いに行くか』と提案したのだが。
当然、喜んで行くと思った悟空は冒頭のような反応を見せた。

「なにが欲しいんだ? いわねぇとわからんぞ」

三蔵は再度うながす。

「んと……」

悟空は俯いた。それから意を決したように、俯いたままぎゅっと上着の裾を握りしめて勢い込んでいう。

「ぎゅって、して欲しいんだけどっ」

悟空はしばらくそのままの姿勢で固まっていたが、いくら待っても三蔵からの答えがないので、恐る恐るといった感じで顔をあげた。

と、意表をつかれたような表情を浮かべる三蔵の顔が目に入った。

「ごめんっ。あの、なんにもいらないからっ」

それを見て、慌てて悟空は身を翻して部屋を出て行こうとする。

が。

三蔵に腕を取られた。

「……なんで、それが欲しいんだ?」
「前にしてもらったとき……なんか、すごい安心したから」
「前?」
「ちょっと前だけど……夜に……」

消え入りそうな声に、そういえばいつかの夜、悟空がまるでいなくなってしまうような気がしたことがあったのを三蔵は思い出した。

どこにも行かせない、と思った。

そのときと同じように無言のまま引き寄せると、腕のなかで悟空が固まったのがわかった。
緊張している様子がありありとわかる。

「……安心するんじゃなかったのか?」
「いや、だって……三蔵が近いし……。ひ、昼間だから、顔、よく見えて……」

悟空が近いというのならば、三蔵だって同じだった。

近くでこんな風に悟空の金色の瞳を見るのは――悪くはないのだが、なんとなく落ち着かない。

そっと三蔵は腕を緩めた。

「……飯、行くか」
「うん」

いつもに戻って、だが、なんとなくぎくしゃくしたような感じで、ふたりは部屋をあとにした。