柳は緑 花は紅 (41)
息苦しさに目を開けると、天井が目に入った。
コホン、と咳が出る。
まだ頭がぼーっとしているので熱は下がっていないのだろう。
悟空は体を横にして小さく丸まった。
パサリ、と額に乗せられていたタオルが落ちる。
布団が濡れてしまう、と持ち上げもう一度額に乗せようとするが、横を向いた体勢では無理がある。
ズレ落ちてくるタオルに溜息をついて、寝台の横の小卓に置いた。
本当は頭に乗せていなくてはならない、とは言われていてわかっているけど。
そう考えたところで、喉の奥の方が痒いような痛いような感じがして、丸まったままコホコホと続けて咳をする。
これは『風邪』というものだと三蔵は言っていた。
体がふらつく感じがこの間の『熱中症』と似てたから、またかと思った。
怒られるかな、と思いつつ、この間よりもひどくはなかったので少し休もうと木陰に入った。
しばらくすれば治まるかと思ったのだが、なんだかだんだんと辛くなっていった。
おかしいなと思っていたところ、凄く怖い顔をした三蔵がずんずんと近づいてきた。
「…っの、バカ猿!」
いつもならハリセンが一緒に落ちてくるような怒鳴り声とともに腕を掴まれて立ち上がらされた。
「具合が悪いならさっさと帰って来い」
「具合……?」
悟空はぱちくりと目を見開いて三蔵を見上げた。
具合が悪い。
そんな言葉は聞いたことがなかった。
なんといっても、経験したことがなかったのだ。
が、どういうものかは、いま身を持って経験してわかった。
体全体がなんだか重くて、枷をつけられているようで――。
悟空は、ぎゅっと目を瞑った。
初めて体験する感覚のはずなのにどことなく覚えがあった。
重苦しい感じが邪魔な枷をつけられて、岩牢に閉じ込められていたときと一緒。
でも違う。
大丈夫。
ここは、あの岩牢じゃないのだから。
だけど、こんな風にひとり部屋に取り残されて天井を見上げていると、なんだが目にしている風景が変わっていくような錯覚がする。
茶色の岩肌が覆いかぶさってくるような。
……さんぞ。
悟空は、幻を振り払う呪文のように、無意識のうちに頭のなかで名前を呼んだ。
五感をいっぱいに広げるようなイメージで、三蔵の気配を探る。
いま、三蔵はきっと執務室にいるはず。
不機嫌な顔をして、書類の決裁をしているだろう。
大丈夫。
だから大丈夫。
『太陽』はすぐ近くにいる。
触れることのできなかった岩牢とは違う。
ふぅと大きく悟空は息をついた。
吐く息もなんだか熱くて変な感じだ。
と。
バタンと扉が開いた。つかつかと歩み寄ってくる足音と。
「取ってるんじゃねぇよ」
バシャバシャと小卓に置かれている洗面器でタオルが濯がれる音がした。
ってか、なんでこの声がするんだ?
と思っているうちに、額にタオルではなく手が置かれた。
「……気持ち、い……」
冷たい手の感触に、ふっと悟空の体から力が抜けた。
「まだ熱、あんな」
呟きとともに手が離れ、代わりにタオルが乗せられる。
あ……と思い、悟空は反射的に離れていく手を追いかけた。
「どうした?」
目を開けると、手を掴まれた三蔵が、こちらを見ているのに気づいた。
「ご、ごめんっ」
慌てて悟空は手を離す。
するとくしゃりと髪をかきまぜられた。
「大人しく寝てれば治る」
「うん」
その仕草と言葉に安心して、悟空はほっと息をつくと目を閉じた。
悟空が再び眠りにつくまで、頭に置かれた三蔵の手はそのままだった。