柳は緑 花は紅 (43)


ふと目を覚ますと、なんだか辺りが薄暗かった。
いつもと違うような、そんな感じがして、悟空は、あれ?と思う。

体を動かすと、ジャランという音がした。
その音に、急速に胃の辺りが冷える。
恐る恐る自分の手に目をやると――鈍く光る鎖が見えた。

「な……で……」

思わず口をついて出てくる言葉は掠れて震えている。

辺りを見回せば剥き出しの岩肌。

逃れるように、ふらふらと明るい方へと向かう。
だけど、目の前に立ちはだかるのは岩による天然の格子。

明るいところに行きたいのに、岩と岩の間は狭すぎて、そこから先に進むことはできない。
強く揺すってみても岩はびくともしない。

心臓が早鐘を打ち、血液は頭の中でガンガンと音を立てる。
息が苦しくなってくる。

――どうして。

悟空は、ずるずるとその場に膝をついて座り込んだ。

体が重い。
体中に重しをつけられているようだ。
このままもう二度と立ち上がれなくなってしまいそうだった。

あれは夢、だったのだろうか。
あの金色の光は。
ここに来て、手を差し伸べてくれた人は――幻、なのだろうか?

「や……だ……」

無意識のうちに言葉が漏れる。

その姿をこんなにもはっきりと覚えているのに。
幻だなんて――嫌だ。

「三蔵っ」

悟空は声の限り叫んだ。






パチン、とスイッチが切り替わるように、不意に周囲の風景が変わった。

「……?」

悟空は辺りを見回す。
小さな、自分が寝ている寝台以外はなにもない見覚えのない部屋。

ここはどこだろう。先ほどまでいた岩牢は……?

まだ心臓がドキドキいっているなか、悟空は落ち着こうと深呼吸をした。

夢を見ていたのだろうか。岩牢の夢を。

あまりにもはっきりとした夢で、あまりにもはっきりとした目覚めで、ひどく混乱する。
だがここは、今朝ほど突然移された部屋だったことを思い出した。

いきなり何人もの僧が来て、部屋を移るように言われた。
三蔵から引き離されるのが怖くて抵抗しようとしたが、三蔵に風邪がうつると大変だから、と諭された。
全然知らなかったのだが、この『風邪』というのは他の人に感染して、同じように具合が悪くなることがあるというのだ。

自分のせいで、三蔵をこんな苦しい目に合わせることはできない。それは嫌だ。
そう思って、大人しくこの部屋に移ったのだが。

「さんぞ……」

呟いた途端に咳き込んで、悟空は小さく体を丸めた。

怖い……。
ここは本当に『現実』なのだろうか。

じわじわとそんな考えに侵食される。

先ほどの夢が――岩牢にいるのが本当は現実で、いまのこれは岩牢のなかで見ている『夢』なのではないだろうか。

目が覚めたらひとりで。
だれも――だれもいなくて。
外の世界には手は届かない。
光に触れることは叶わない。

――怖い。

「ふ、ぇ……」

小さく丸まったまま、悟空はしゃくりをあげた。

こんなにもひとりが怖いと思ったことはない。
岩牢のなかで、ずっとずっとひとりぼっちだったのに、そのときには全然こんな風に感じたことはなかった。

それは知ってしまったから。

明るい外の世界を。請えば与えられる温もりを。

ぎゅっとシーツを握りしめて、一生懸命三蔵の姿を思い描き、それが幻のはずはないのだからと大丈夫と、怖いと思う気持ちと戦っていたところ。
バタン、と前触れもなく扉が開いた。

「さんぞっ」

そこになによりも望んでいた姿を見出し、悟空は飛び起きた。
途端に崩れ落ちる体を、三蔵が受け止めてくれる。

「ったく、暴れてるんじゃねぇよ」

ぶっきら棒な物言いだが、抱きしめてくれる手は力強い。

「やっぱりぎゅってしてもらうの、安心する……」

ほっと溜息をつき悟空は呟いた。