柳は緑 花は紅 (44)
渡り廊下の端に座り、吐き出した紫煙が空に向かっていくのを、三蔵はぼーっと目で追っていた。
秋の空は澄んで高く、抜けるように青い。
そんな青い空を見ていると、思い出すものがある。
青い空に吸い込まれるように飛んでいったオレンジ色の紙飛行機。
穏やかに微笑む――。
「さんぞっ」
突然、視界が満面の笑みに取って代わった。
追憶は、煙のように立ち消える。
「……でけぇ目」
三蔵は手を伸ばした。
「へ?」
笑みが、きょとんとした顔に変わる。
「おら、マヌケ面さらしてんじゃねぇよ。邪魔」
小突いて、悟空を視界から退けさせる。
空を見上げる三蔵の背後に立ち、覆いかぶさるようにして三蔵を見下ろしていた悟空は、ぷぅっと不満気に頬を膨らます。
が、その表情はすぐにまた笑みにと変わった。
「さぼり?」
「休憩中だ」
「ふぅん」
三蔵は休憩中という言葉を強調したが、悟空は信じてないかのような相槌を打って、三蔵の隣に腰を下ろす。
「裏山にでも行く途中だったんじゃないのか」
「三蔵が仕事に戻るまでここにいる。……ダメ?」
「別に構わんが」
そう言ってから、三蔵はふと思いついた。
「そういや、この間、買ってやった色紙。まだ残っているか?」
「うん」
「取ってこい」
「え?」
驚くというよりも、少し不安そうな表情を悟空は浮かべる。
「別にその間に消えたりしねぇよ」
「絶対だぞっ」
すくっと立ち上がるとそう言い置いて、悟空はすごい勢いで足音も荒く飛び出していく。
行きも帰りも全力疾走してきたのだろうか。
思ったより短かい時間で戻ってくると、肩で息をしながら色紙の入った袋を三蔵に手渡した。
「減ってねぇな。あまり使ってねぇのか?」
「だって、それ、難しい」
雨の日など外に出られないときのため、作り方の載っている本と一緒に買ってやったのだが、あまり器用とはいえない悟空には少し敷居が高かったようだ。
「猿でも作れるようなもの、教えてやるよ」
「猿じゃねぇっ」
ムキになる悟空を軽くいなし、三蔵は色紙で紙飛行機を作る。
「ほら」
それを空に向かって放った。
「う、わぁっ」
悟空の顔が輝く。
「きれぇ」
それから溜息をつくように言い、紙飛行機が着陸した地点に向かって走り出した。
――綺麗?
その背中を目で追いながら、三蔵は不思議な心持ちになる。
空を飛ぶことに驚いて、てっきり『凄げぇ』とかそういう言葉が出ると思っていたのだが。
「三蔵、三蔵っ。もう一回っ」
輝くような笑みを浮かべながら、オレンジ色の紙飛行機を持った悟空が手を振りながら三蔵の方に駆け戻ってきた。