柳は緑 花は紅 (45)


「三蔵、三蔵っ」

名前を連呼しながら悟空が執務室に駆け込んできた。

「うるせぇっ」

反射的にハリセンを取り出した三蔵の手が止まる。
というのも、悟空が頭の上に奇妙なものを掲げていたからだ。
片手を上げた猫の……置物、だろうか。

「……なんだ、それは」

毒気を抜かれて三蔵は尋ねる。

「可愛いだろ。蔵にあった」

ドン、と机の上に置きながら悟空が『褒めて』とでもいうように胸をそらせた。
その様子は、まるで自分で獲った物を飼い主に見せにくる仔猫のようだ。
はぁ、と大きく三蔵は溜息をついた。

「戻して来い」
「へ?」
「戻して来いといったんだ」
「なんで? 可愛いじゃんか」

確かに愛敬のある顔といえないこともない。
が、執務室に置くにはあまりにそぐわない姿格好の置物だ。

その辺のことをまったく考えずに、悟空は自分の気に入ったものを執務室に持ち込んでくる。
それが季節の花とか綺麗な石とかであれば良いのだが、時々こうしたわけのわからないものまで持ってくる。

「いいから、戻して来い」

半分呆れ、半分怒っている三蔵を前に、悟空はぶぅっと頬を膨らます。

「可愛いのに」

拗ねたような顔をしつつも、机の上に置いた置物を取り上げる。
そのまま執務室を出て行き、そして。
だいぶ時間が経ち、夕食時になっても悟空は戻ってこなかった。

夕餉の膳を前にし、三蔵は眉間に深い皺を刻むと、溜息をひとつついて立ち上がった。
蔵にと向かう。

扉を開くと。
どこからか持ってきたのか、燭台の灯りのしたで、悟空が熱心に本を読んでいた。

「なにをしている」

珍しいこともあるものだ、と思いつつ、三蔵は声をかけた。

「あ、さんぞー」

悟空は顔をあげ、三蔵の方を見て笑顔を見せた。

「これ、すごいぞ。アンパンが空を飛ぶんだ!」

そういって広げて見せるのは、子供用の絵本のようだ。
そんなものがどうしてこんなところに紛れているのだろう。

不思議に思うが、さきほどの置物のように、この蔵にはわけの分からないものがたくさん詰まっている。
深く考えることもなく、三蔵はあっさりと疑問を投げだした。

「もう夕飯の時間はとうに過ぎてるぞ。いつまでここにいる気だ? メシ抜きにしたいならいいが」
「え?! もう?」

悟空は明かりを消すとぱっと立ちあがり、戸口にいる三蔵のもとに駆け寄ってきた。
が、すぐそばまで来たところで足をとめた。

「どうした?」
「ううん。なんでもない」

といいつつ奇妙な顔を浮かべ、蔵のなかを振り返った。

「あの話、なんか懐かしくて、知ってるような気がして、このへんがぎゅーってなることがあったからかな」

悟空は胸を押さえる。

「呼ばれた、みたいな気がしたんだけど」

きっと気のせいだ。
少し笑って、悟空は改めて三蔵のそばに寄った。





――そのなかに眠るモノと悟空が出会うのはもう少しあとのこと。



(memo)
09/29は招き猫の日です。