柳は緑 花は紅 (47)
朝靄が煙るなか、悟空はなにかを待つようにじっと座っていた。
と。
薄暗いなかに、一条の光が横から差し込んできた。
夜明けだ。
ふわり、と靄が動く。
靄に遮られた淡い光は拡散するように地上に届き。
そして。
「きれぇ」
溜息をつくように悟空は呟く。
悟空の視線の先は一面に咲いた白い菊の花。
光が届いて白い靄のなかに白い菊が咲いているのが見分けられるようになったが、それでも花は靄と溶け合って、その存在は曖昧に、この世のものではないように見える。
しばらく悟空はそんな不思議な光景に見入っていったが、太陽が徐々に高くなると靄は引いていき、やがて辺りはいつもの朝の風景にと戻っていった。
ほぉ、とひとつ溜息をつき、悟空は立ち上がった。
てとてとと花に近づき、靄が露となって花弁につく白菊を手折る。
本当はさきほどの光景を見てもらいたかったのだけど。
でも、疲れているみたいだから。
だけど、やっぱり。
「さんぞ……」
一緒に来たかった。
そんな風に思って呼んだ声に。
「なんだ」
答えが返ってくる。
「うわっ」
びっくりして、悟空は花のなか、尻餅をついてしまう。
「な、な、な――」
「なにやってんだ、お前は」
三蔵が近づいてきて、そして。
手が差し伸べられる。
「……っ」
光が三蔵の後ろから差し込んで、キラキラと髪を輝かせている。
この光景は――。
驚きに目を見張る悟空を見て、三蔵が珍しくクスリと笑う。
「マヌケ面」
それから、悟空の手を掴んで引っ張って立ち上がらせられる。
「……なんで」
「あ?」
「なんで、この場所……」
「相変わらず煩いからな」
「へ?」
「聲」
簡潔な答えに悟空は目を丸くし、それから慌てたように口を塞ぐ。
「無駄だ」
呆れたように三蔵がいう。
それは声なき聲だから。
「……ごめん」
「もう慣れた」
くるりと背を向け、三蔵は寺院の方にと戻っていく。
「三蔵っ」
その背中を追いかける。
いつかと同じように。
「三蔵っ」
悟空は三蔵の腕に飛びついた。