柳は緑 花は紅 (48)


イライラと、三蔵は吸っていた煙草を揉み消した。
目の前にはとうに冷めてしまった夕食の膳。

「ったく、あのバカ猿。どこ、ほっつき歩いてやがる」

低く呟き、三蔵は眉間に深い皺を刻んで立ち上がった。
と、そのとき。

「ごめんっ、三蔵」

バタンと扉が開いて、悟空が入ってきた。

「遅いっ!」

すかさずハリセンが炸裂する。

「みぎゃっ!」

悲鳴というよりも、動物の鳴き声みたいなものをあげて、悟空は頭を抱える。

「陽が暮れるまでに帰って来いと言ってるだろうが」
「ごめんなさい」

何度も言われていることなので、頭を抱えたまましゅんと悟空は項垂れる。

「今度こんなことがあったら、メシ抜きだからな」

うー、と情けない顔をしながらも悟空は頷く。

「にしても、ドロだらけじゃねぇか。先、風呂入ってこい」

その言葉に、悟空は泣きそうな顔をしながら、夕食の膳に目をやった。

「今度から、だ。今日は食ってもいい。が、その前に綺麗にして来い。メシは逃げねぇから」
「三蔵」
「なんだ?」
「あの……、待っててくれる?」

小首を傾げて、恐る恐るといった様子で尋ねる悟空に、三蔵は溜息をついた。
先に食うつもりなら、ここまで待ってないで、もうとっくに食ってる。
それもわからないとは――と思うが、素直に『待っている』というのもなんとなく抵抗があって、三蔵はわざとぞんざいに答えた。

「もう冷めてる。別にそれくらい待っても変わんねぇよ」

が、そんな答えなのに、悟空の顔はぱっと輝いた。

「すぐ、出てくるからっ」

そう言ってすぐに駆け出していこうとするが。

「三蔵」

思い出したように、悟空は振り返った。

「待ってる人がいるって、すっげぇ嬉しいのな」

極上の笑みとともにそう言いおき、今度こそ悟空は駆け出していった。
後に残った三蔵の唇に、微かに笑みが刻まれる。

「今ごろ気づいたのか、バカ猿」

呟いた言葉は、飛び出していった悟空の耳には当然届かなかった。