柳は緑 花は紅 (50)


「三蔵、あれ、なに?」

悟空が指し示した先はいつもはただの広場なのだが、今日は運び込まれた秋の収穫物が所狭しと積まれ、賑やかというか喧噪に包まれていた。

「あぁ。市が立ってるんだな。覗いてみるか?」
「うん」

ふたりは気まぐれにその喧噪のなかに入っていった。
が、これだけ人が多ければ当たり前のことなのだが、やたらと人とぶつかるので、やがて三蔵の機嫌は徐々に下降線を辿りはじめた。

寺院の関係者でなくても、長安の街では『金髪の最高僧』という存在は有名であったので、普段であれば三蔵の周りにはなんとなく空間ができるものだが、人でごった返しているここでそれを望むのは無理というものだろう。そもそもだれも他の人のことなど見てはいないのだから。

「おい、行くぞ」

そんなわけで、いい加減なところで切り上げるべく、露店の前で佇む悟空に三蔵はぞんざいに声をかけると、悟空がついてくるのも確かめずに歩き出した。
といっても、声をかければ確実に悟空はついてくる。それがわかってのことなのだが。

「待って」

いつもならその後ろか横を悟空は歩くのだが、常にない人ごみに押され三蔵と離されそうになって、思わず手を伸ばして三蔵の法衣の袂を掴んだ。
が、掴んだ途端に、三蔵が他人に触れられるのを厭うことを思い出し、悟空は一瞬、どうしようというような表情を浮かべる。
しかし、三蔵からはなんの言葉もなかったので、ほっとしたような表情になり、次いで嬉しそうな笑みを浮かべた。
なにもいわないということは、許されたのと同じ意味だから。

「なに、見てたんだ?」

そんな悟空の様子に気づいているのかいないのか、三蔵が声をかける。

「んと……、あれ、なんだけど」

ちらりと悟空は横に目をやる。
悟空が目で示すのは、オレンジ色のカボチャだった。

「あぁ。最近、増えたな。よくわからんが、異国の祭で使うものらしい。悪霊を追い払うために、仮装してあれを持つんだそうだ」
「カボチャを?」
「なかがくりぬいてあるだろ。そこに蝋燭を入れて火を灯すと提灯のようになる」
「へえぇ」
「欲しいのか?」

その言葉に悟空はためらうような素振りを見せる。

「欲しいなら買ってやるが」
「本当?」

ぱっと悟空の顔が輝いた。
それを見て、三蔵は微かに口元に笑みを刻み、近くの店に足を向けようとした。
だが。

「待って。買うならさっきのがいい!」

悟空は三蔵の腕を掴み、有無もいわさずにまた人ごみのなかを戻っていった。





そうして買ってもらったカボチャのランタンは、手のひらに乗るほどのものだったので、カボチャが駄目になってしまうまでの間ずっと、悟空はどこに行くにも持ち歩き、眺めては嬉しそうに笑っていた。
それが、少し下がり気味に作られた目のためであることは言わずもがなであった。