柳は緑 花は紅 (51)
まだ昼間といって良い時間のはずなのだが、差し込む日差しはもう夕方のものだ。
日が暮れるのがどんどん早くなっていっている。
そんな風に辺りに少し金色がかかるなか、三蔵は悟空と連れ立って歩いていた。
執務室には決済しなければならない書類が溜まっていたが、そのために必要な資料が遅れていて、手際の悪さにここ二、三日、三蔵の眉間には皺が刻まれっぱなしだった。
どうやら今日も届かなさそうで、執務室で不機嫌な顔をして煙草をふかしていると、悟空が来て、外に連れ出された。
小猿なりに気を遣っているらしい。
「ほら。すっげぇだろ」
やがて裏庭につくと、悟空は三蔵の法衣の袂を握り、オレンジ色の実を鈴なりに生らせている柿の木を指し示した。
「ここのは実をつけるのがちょっと遅いんだけど、すごく甘いんだぞ。いま、取ってくる」
言うなり悟空はたかたかと木に向かって駆け出した。
そういえば、とその後姿を見送りながら三蔵は思う。
五行山から寺院に悟空を連れ帰ったときも、隠れていろと言っておいたのに、腹が減ったと言って柿の実を取りに外に出てたことがあった。
あれから1年以上が過ぎたのか。
そんな三蔵の感慨をよそに、悟空はするすると木に登るとたちまちたくさんの柿の実を抱え、器用に木から下りてまた三蔵の元にと駆け戻ってきた。
「……猿だな」
「なにをっ」
思わず呟いた言葉に悟空は、がうっと反応する。
それを頭を撫でることで軽いいなし、三蔵は抱えている柿の実をひょいっと取り上げた。
「あまぇ」
ひとくち齧ると、少し顔を顰めてそんなことを言う。
が、眉間に刻まれた皺はここ二、三日のものとは種類が違う。
「だろっ」
嬉しそうに、少し得意そうに悟空が言う。
と、ピュウと音を立てるように風が吹き抜けていった。
「ぴゃっ」
遠く、裏山の木々が鮮やかに染まる頃だ。
もう吹く風も冷たい。
「お前、寒くないか?」
ふと気づいて三蔵は問う。
ちゃんと長袖の服は着こんでいるが、心なしか丈が短いようだ。
それもそのはず。
いま悟空が着ている服は1年前に買ったものだ。
岩牢に繋がれていた頃は、時が止まっていたが。
いまはもう自由の身となった確かな証。
「?」
見上げる悟空は少し不思議そうな顔をしている。
「なんでもねぇよ。戻るぞ」
柿を齧りながら、悟空の頭を小突くようにして寺院へと戻る。
この子供の成長に比べたらなにもかもが小さいことだな、と思いながら。