柳は緑 花は紅 (53)
シャクシャクと。
足元で小気味良い音が響く。
陽のあたらぬ建物の影で、悟空は夢中になって霜を踏みつぶしていた。
地面が浮き上がったところを踏みしめていると、ただそれだけのことなのにどことなく心が浮き立つようなそんな楽しい感じがする。
「なにしてるんだ?」
と、背後から声がかかった。
「さんぞー」
楽しい気持ちそのままに、にぱっと笑って悟空は振り返った。口調も幾分幼くなっている。
「……楽しいか?」
執務室の窓から顔を覗かせた三蔵は毒気を抜かれて、そうとだけ聞く。
一休みをしようとして、見るとはなしに外を見たら悟空の姿が目に入った。
ひたすら霜を潰している悟空に、本当は『なにをくだらないことをやっているんだ』とかなんとかいおうとしていたのだが。
「うん。楽しい!」
そんな三蔵の心情も知らずに悟空は無邪気に答える。
「戻ってくるときに、泥はよく払えよ」
三蔵の言葉に悟空は自分の足元を見る。溶けた霜と土とで、靴は泥だらけになっていた。
「わかったー」
ひどく能天気な声を聞きながら、三蔵は本気で溜息をつきそうになった。
が、そのまま机に戻って煙草に火をつける。
開け放したままだった窓から風が吹き込んできて、煙草の煙を揺らした。
日差しは明るく暖かだが、吹く風はもう冷たい。季節の変わり目を感じさせた。
もう少しで冬がやってくる。
悟空がもっとも苦手とする雪の季節が。
去年はなにもできなかった。
そして、今年も――。
さきほどなにもいえなかったのは、あの笑顔を曇らせたくなかったからか。
三蔵は煙草の煙を吐き出した。
少しでも長く笑顔でいてくれ、と。
それは意識せぬ想いだったのかもしれない。