柳は緑 花は紅 (54)


冷たい風が吹いてきた。
指を真っ赤にしながら、一生懸命泥をこねていた悟空はふと顔をあげた。

見上げる空は、いつの間にかどんよりと灰色の雲で覆われていた。
見ているうちにどんどんと色が濃くなっていくようだ。
冷たい風がまた吹いて、ふるり、と悟空は震えた。

朝から今日は寒いな、と思っていた。
でも、まだ大丈夫だと思っていたのに。

すくっと立ち上がると、悟空は走り出した。





本堂に向かうために庭を突っ切っていた三蔵は、ふと足を止めた。
それに合わせて、後ろについていた僧たちの足も止まる。

「どうかなさいましたか?」

先頭にいた若い僧が三蔵に問いかけた。
それに答えず微かに眉をひそめると、三蔵は俄かに方向転換し、庭の潅木の茂みにと向かった。
と、同時に潅木の陰から飛び出してきた小さな影――悟空だ。

「走り回りたいなら、ちゃんと目を開けて走れ」

俯いて、前も見ずに走ってきた悟空の首根っこを器用に捕まえて、三蔵はいう。
無理やり止められて、ぐっと首が絞まって苦しかったろうに、悟空からそれに対するリアクションはなにもない。いつもなら盛大に文句が返ってくるだろうに。

「さんぞ」

代わりにひどく小さな呟くと、いまにも泣き出しそうな表情で三蔵にぎゅっと抱きついてきた。
途端に後ろに控えていた僧たちの間でざわめきが起こる。
それを聞いてはっとしたように、悟空は三蔵から離れた。

「ご、ごめん」

先ほどまで泥遊びをしていたので三蔵の法衣にはべったりと悟空の手形がついてしまった。
慌てて払おうとするが、汚れたままの手では余計に汚してしまう。
どうしたらよいのかわからなくなり、途方に暮れて悟空は顔を歪めた。

「んなことで、泣くやつがあるか」

ぽろぽろと涙を流し始めた悟空に、三蔵は呆れたように溜息をついた。
そんな三蔵の様子に、ますます悟空の涙は止まらなくなる。
この程度のことで泣き出すなど普段ならありえない。
三蔵は再度溜息をついた。

「洗えば落ちる。着替えるから手伝え」

くしゃりと、宥めるように悟空の髪をかき回した。

「着替えたら行く。さきに行ってろ」

それから、後ろを振り向いて、待っている僧たちに声をかけた。



もうすぐやってくる雪の季節に怯える小さな体を守るように、三蔵は悟空の背中に手を回した。



(memo)
2009/11/22は小雪です。