柳は緑 花は紅 (55)
「誕生日?」
悟空は小首を傾げた。
執務室に来てみたら三蔵はいなくて、どこかに行っているのだろうかと待ってはみたが、いくら待っても三蔵は戻ってこなくて、変だな、と思っていたらそのうち何人かいる三蔵付きの小坊主のひとりが掃除にやってきて、それでそう教えてくれた。
今日は三蔵の誕生日で、それは三蔵がこの世に生れてきたという日で、それでそれを皆でお祝いするから今日はここでの執務はないのだ、と。
今日はいつも通り起きて、いつも通りご飯を食べて、それで悟空は外に遊びに行ってしまったから、そんなこと、知りもしなかった。
なんかいつになく三蔵が不機嫌だな、と思ってはいたのだけど。
でも仕事が立て込んでくるとよくそうなるし、別に三蔵はなにか特別なことがあるとは言ってなかった。
だが、小坊主の話によると、『誕生日』というのは特別で、めでたい日……ということらしい。
悟空はどことなく腑に落ちないような顔をしながら、執務室をあとにした。
夜。
いくら待っても三蔵は帰ってこなかった。
お昼も一緒に食べれなかったから、一日中、お祝いというのをやっているのだろうか。
どんなことをやっているのかわからないが、たくさんの人がそれぞれにお祝いしているのだろうか。
だからこんなに遅くなっているのだろうか。
下手すると今日という日が終わってしまう。
ずるい、と悟空は唇を尖らせた。
ちゃんと教えてくれれば良かったのに。
そしたら朝にお祝いできたのに。
「おれだってお祝いしたいのに……」
そう呟いたとき、戸口の先に気配がした。
床に座って、寝台に頭を預けていた悟空は、ぱっと立ち上がると戸口にと駆けて行った。
バタン、と扉を開く。
と、そこに少し驚いたような表情を浮かべる三蔵がいた。
「おかえりなさいっ」
「……あぁ」
少し疲れたような声が返ってくる。
「あのねっ」
「猿。話はあとだ。先に寝させろ」
悟空の言葉を遮って、幾分横柄ともとれる態度で三蔵は言う。
それから寝台に向かうと装具を外し、そのまま倒れ込むように寝台にうつ伏せる。
そっと悟空は近づいていき。
「お疲れさま」
小さく声をかけると、音を立てないように椅子をそのそばにと持ってきて、その上に昼間見つけた花を入れたコップを置いた。
この時期、どこを探しても花はなくて、でも一輪だけ見つけた。
小さな黄色い花を。
狂い咲きだろうか。それは本当は春に咲くはずのたんぽぽだった。
悟空は床に座り込み、花と三蔵を交互に見る。
目が覚めたら、一番にこの花が見えるといい。
少しでもこの気持ちが伝わると良いのだけど。
どこで覚えてきたのか、悟空は労わるような仕草で三蔵の髪を撫でた。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
それからそっと呟いた。