柳は緑 花は紅 (57)


朝からたて込んでいた仕事に一区切りをつけて、三蔵は夕食をとりに自室に戻ってきた。
が、いつもなら用意された夕食を前にして、待ちきれないといった風情の悟空がいるはずなのだが、その姿がどこにも見えなかった。
すでに膳は用意されているというのに。

配膳が済めばあとは勝手にやるので、持ってきた小坊主の姿はもうどこにもなく、部屋はガランと静まり返っていた。そんななか、ただひとりいるのはなんだか落ち着かない気分になる。
これまでそんなことなど、感じたことはなかったのに。
ひとりでいることが当たり前だった。
だが――。

そこまで考えて、三蔵は微かに眉を顰めた。
なんとなく機嫌を降下させ、寝室の扉を開く。

と、そこに。
悟空はいた。
寝台の上で寝こけている。

冬のことだからもう外は真っ暗だが、まだ夜は早いというのに。
自分は朝から忙しく働いていたというのになんでこんな時間から、とさらに三蔵の機嫌は降下する。
ハリセンのひとつでもかまそうと近づいていって、だが、ふと悟空が自分の寝台ではなく三蔵の寝台に寝ていることに気づいた。

ぎゅっとシーツを握りしめて、うつ伏せで寝ているのはそうしていると三蔵の匂いを感じるからだろうか。
雪の日に、頭から三蔵のシーツを被っている姿を思い出した。
ふっと、三蔵の肩から力が抜けた。

年末が近づいてきたせいか、寺院のなかは慌ただしく、三蔵の仕事もいつもよりも増えていた。
雪の日には執務室にいることを許していたが、今年の冬は暖かいのか、このところ降っていなかったから、悟空と顔を合わせる時間が本当に減っていた。
唯一、ちゃんと顔を合わせられるのは食事時だったが、それもままならないときもあった。

だからだろうか。
「おやすみなさい」を言うためだけに、遅く帰ってくる三蔵を待って、悟空はめずらしくこのところずっと夜更かしをしていた。

淋しい、という声なき聲は聞こえていたが、表だってはなにも言わなかったので、そのままにしていたのだが。
いつもこんな風に待っていたのだろうか。

キシリ、と微かに音をさせて、三蔵は悟空のそばに腰かけると、手を伸ばして見た目よりは柔らかな髪に触れる。
と。

「……ん」

微かに呻き声をあげて、悟空が目を開けた。

「さんぞ」

起きぬけのぽやぽやした笑みを見せる。

「さんぞぉだ」

どうやら寝ぼけているらしい。
起こすか、もう少し寝てろと言うか。
ほんの少しだけ三蔵が逡巡している間に。
ふわりと悟空が抱きついてきた。

「……おい」

驚いているうちに、悟空はすりすりと頬を擦りつけて、それから。
すぅすぅと寝息が聞こえてきた。

このときに感じた気持ちをどう言えばいいのだろう。
三蔵は、なにやら複雑な表情を浮かべ、だが、ふぅっと溜息をつくと、撫でるようにもう一度悟空の髪に手をおいた。

悟空の顔には安心しきった、幸せそうな表情が浮かんでいた。