Vinculum (3)


「駄目。これ以上は絶対駄目」

宿屋の一室。間近に迫ってくるこうを、断固とした態度で押しのけた。

「なんで?」

なのに、涼しい顔で聞いてくる。

「なんでって、これ以上ここに留まってるわけにはいかないだろうが。って、ちょ……っ」

押し戻そうとしていた手が掴まれ、甲に唇が押し当てられた。
なぜか熱いと感じ、勝手に体がピクリと跳ねる。
それを見て、江が手に唇を押し当てたまま、ふっと笑みを漏らした。
――一体、どこでこんな表情を覚えたのだろう。
艶を含むその笑みに目を奪われる。

くう

そして、その声に息が止まる。
けど。

「駄目」

意思の力を総動員させて、手を取り戻りした。
途端に江は少し拗ねたような表情になる。
いつもの江だ。何故か少し安心した。

「明日は出発するから、今日はちゃんと自分のベッドで……」

寝なさい、そう続けようとしたのに、不意に抱きしめられた。

「江」
「何もしなきゃ別にいいだろ、こうしていても」

非難めいた言葉は、形になる前に遮られた。
背中に回った手に微かに力が込められたのがわかった。
一緒に眠ることは初めてじゃない。
それこそ、江が小さい頃は数え切れないくらい寄り添って眠った。だけど、こんな風に懐に抱き込まれるようにして眠るようになるなんて、考えてもみなかった。

「何もしなきゃ、ね」

ふっとため息をつくように体から力を抜き、囁いて身を委ねた。江が微かに笑ったのが感じられた。そのまま、眠ろうと目を閉じたとき。
ノックの音がした。

「お休みのところ、申し訳ありません、三蔵法師さま。お力をお貸し願えませんか」

宿屋の主人の声だ。
起き上がろうとしたところ、引き戻された。

「江」

見ると知るかという顔をしてる。
生来の面倒くさがり屋というのに加えて、ここに泊まるときに、子供二人だけだと思われて、あやうく追い出されそうになるところだったのを根に持っているのかもしれない。
でも、仕方ないと思う。俺はともかく、江は世間一般から見れば本当に子供なのだから。

「今、行きます」

軽く江を睨みながら、答えた。