Vinculum (4)
1階に降りていくと、なんだか緊張した様子で
階上を見上げている宿屋の主人と目が合った。
「夜分、すみません」
恐縮しているような言葉だが、どちらかというと不安が滲み出ている。
「本日、お泊りになったお客さまのなかに様子のおかしい方がいて、
学び舎に連絡して
狩人に来ていただいたんですが」
その言葉に江が軽く眉をひそめる。
「わざわざ三蔵法師さまのお手を煩わせるものでもないと思いまして」
それを見て、宿屋の主人が慌てたように言い添えた。
「空」
だが、そんな宿屋の主人を無視して、江がこちらを向く。
「いや。別に
魔物の気は感じられないけど」
言葉に出さなくても江の言いたいことはわかる。
魔物が近くにいれば、すぐにわかる。というか、わからなければ
狩人にはなれない。
魔物は人に憑いて、人の中に潜む。
だから、憑かれた人か、そうでないかを見極めることができなければ
狩人にはなれないし、そもそも息を潜めてようが何をしてようが、
魔物がどこにいるのかわからなければ話にもならない。
「でも、何だろう。何か『歪んでる』感じがする」
さらに気配を探っていると、何だがヘンな感じがした。
この感じを言葉にするのは難しい。たぶんこの感じは
狩人にはわからない。
だが、感じはわからなくても、江には伝わったらしい。眉間の皺がさらに深くなった。
と、いきなり江は踵を返した。
「ちょっと、江。どこ行くの」
「……面倒くせぇ」
呼び止めると、心底面倒だと思っている声がした。
「江」
まったく、このまま部屋に戻ろうとしてるな。
「別の
狩人を呼んだんだろ。そいつが何とかするだろう」
「その方が戻っていらっしゃらないのです」
宿屋の主人が口を挟んできた。
「もうかなり前のことになります。心配になりまして、三蔵法師さまをお呼びしたのですが」
「どこです?」
そう尋ねると、江の顔が不機嫌そうになったのが目の端に映った。
「離れです」
宿屋の主人の答えを聞いて、外に向かう。
振り向かなくても、江がついてくるのがわかった。