dearest…(3)
「で、結局、こうなるわけね……」
ため息とともに悟浄が言う。
「仕方ないじゃないですか。あのまま、放っておくわけにはいきませんし」
隣で八戒もため息こそつかなかったが、浮かぬ表情でそう言う。
結局のところ、どう説得しても江流を止めることはできず、だからと言ってそのまま行かせるわけにもいかず、ふたりは、
竜のいるところまで、江流のあとをついて来た。
案の定、結界はまるで役に立たず、ほんのちょっと立ち止まっただけでそのまま歩き続け、最終的に山の上の少し開けた場所にと到達した。
そこだけ見れば、なんの変哲もない場所だ。
ただ、ここにくるまでに生い茂っていた木々も草もなにひとつ見あたらず、ただ赤茶けた岩だけが転がっているのは異様といえば異様な光景だった。
江流は、ぎゅっと胸元にかかっていた赤い石を握り締めた。
それに気づいた悟浄が、軽く眉をあげて問いかけた。
「それ、封じの石だろ? お前、まさかそれに
竜を封じこもうって思っているわけじゃないよな」
封じの石とは、特定のものを石の内部に封じることのできる、特殊な
道具だ。石の内側に、別空間があるとも、石が別空間に通じる扉だとも言われている。
用途としては、そこに
魔物を封じるのが最も一般的だ。だが、厳密にいうと封じるものは生物・無生物を問わない。そういった意味においては、人を封じることも可能だった。
狩人でなければ使いこなせないものではなく、やり方さえ知っていれば一般の人でも使える。使い方を誤れば、危険な
道具であるが、石自体は稀少なもので、人工的に作り出せるものでもなく、また封じることができるのは1回のみの使い切りで、遊び的な用途で使われることはなかった。
「違う。これは……」
江流は手の中の石を大切そうにそっと胸元に戻すと、まっすぐに視線を前にと向けた。
言葉の続きはない。
「言っておくが、
鍵がなくちゃ、
竜は知の扉を開けてはくれないぞ……って、おい」
悟浄の言葉を無視するかのように、江流は、山の上の少し開けた場所に向けて歩きだした。
と。
――禁断の地に足を踏み入れるものよ。『鍵』を示せ。さもなければ立ち去れ。警告は一度だけだ。
頭の中に直接、声が響いた。
「
鍵はない。だが、知の扉は開けてもらう」
江流の声が凛と響く。
「……あちゃー」
手前の岩場で様子を伺っていた悟浄は、額に手を当てると小さく呟いた。
「バカ正直というか、なんというか……八戒」
「わかってます」
悟浄と八戒は同調するかのように内なる力を高めていく。
――どうやって?
と、もう一度、いくぶん面白がっているかのような声が頭に響いた。
「力ずくで」
瞳に強い光をたたえて、きっぱりと江流は答える。
一瞬の間のあと。
ふわりと風が巻き起こった。
そして、次の瞬間。
巨大な
竜が、江流の前に立ちはだかっていた。
ようやく明けそめた朝の光に、金色の鱗が美しく輝いている。
しなやかで強靭な体躯、深い知性を湛えた瞳。
何を思っていたにせよ、対峙した瞬間に思い知ったことだろう。
力の差がありすぎる、と。
だが、江流の瞳は強い光をたたえたまま、揺らぎもしない。
――面白い人間だ。その勇気に免じて、一瞬で終わらせてやろう。
竜が、笑ったかのように見えた。
そして。
なんの予兆もなく、いきなり。
炎が降り注いだ。
炎、という生易しいものではない。
灼熱のかたまり。一瞬にして、人の体など影も形もなくなるほどの高温の炎。
――ほぅ。
竜の巨大な目が、横を向く。
そこに、江流、悟浄、八戒がいた。
防御と回避と。
まるで、示しをあわせたかのように、三人の力がうまく機能した。
初めての連携がここまで機能するのは、各人の能力の高さを示している。
だが、あの炎を避けられるのも、さきほどの一回限りだ。
三人には、それがわかりすぎるほど、わかっていた。
何よりも、さきほどの炎の全てを避けきれたわけではないのだ。
体にかかる
損傷は、精神にも影響する。
今度の炎を避けるだけの力は、もう残ってはいなかった。
ことさらゆっくりと
竜が三人の方に向きを変えた。
実際にはそんなに時間はかかっていないのだろうが、いきなり時間の流れが遅くなったかのようだった。
竜と目が会う。
ぎゅっと、江流が自分の胸元を掴んだ。
我知らず、呟きが口からもれた。
「――
空」
その瞬間。
炎が放たれ――。
――光が爆発した。