The Apple of the Eye (9)


ようやく涙もおさまって、微かにしゃくりだけがあがるようになった頃、そっと三蔵に抱きあげられ、リビングのソファーまで連れて行かれた。
そして、三蔵が離れていく気配。

「三蔵……」

思わず呼びとめた。
三蔵が戻ってきて俺の前に立つと、片膝をついて目の高さを合わせてこちらを見た。

「ちょっと待ってろ。すぐに戻るから」

その言葉に頷いた。三蔵は少し微笑むと、軽く額にキスをしてくれた。
しばらくの後、電子音が聞こえて、やがて三蔵がマグカップを手に戻ってきた。

「これでも飲んでろ」

差し出されたのは、ホットミルク。子供だと思われてる。まぁ、散々泣いたから、仕方ないかもしれないけど。
受け取って、一口飲む。砂糖入り。甘い味が口に広がって、なんだか本当に落ち着いた。
隣に座った三蔵の肩に頭を預けた。

「三蔵、ありがとう。なんか、泣いたらすっきりした。あんな風に泣いたの、金蝉が――俺の育ての親が死んでから初めて」
「言いたくないことは、言わなくてもいいぞ」
「うーん。でも、どっちかっていうと、三蔵には聞いて欲しいかも」

話すには最初から説明しなくてはならない。そうすると、必然的に身の上話をしなきゃいけないから、本当だったら嫌なんだけど。ほぼ確実に同情されるのがわかっているから。
同情されるのが嫌だというわけじゃなくて、なんか勘違いして同情してるんじゃないかなって思うから。

「俺ね、孤児だったの。ほんの赤ん坊の頃に捨てられて。だから両親の顔も知らない」

大抵の人はここで『可哀想に』という顔をする。
でも、三蔵は特に感銘を受けた様子もなく、『だから?』みたいな表情を浮かべていた。
それを見て安心した。三蔵らしいと思った。

「施設はね、ホント、悪いところじゃなかったよ。で、小学校の三年生の時に、金蝉に引き取られた。金蝉とは、たぶん親子って感じじゃなかったけど、結構、うまくやってたと思う。二人で暮らすのはとっても楽しかったし。でも、金蝉が病気になって――」

初めて、金蝉が倒れたときのことをよく覚えている。目の前が真っ暗になった。

「それが、医者も首をかしげるような、今までにない病気で。どんどん弱っていくのに、俺には何にもできなくて」

そっと、三蔵に引き寄せられた。言葉は何もなかったけど、押し寄せてくる絶望の記憶から守ってくれているみたいだった。

「亡くなったのは、三週間くらい前。金蝉が死んだとき、自分の足で一人で立てるようにならなきゃって思った。それで泣けなくなった。泣いたら心が弱くなって、誰かに頼らなくちゃ生きていかれなくなるような気がしたから。でも、今は大丈夫。三蔵に寄りかかって生きていこうとか思ってない。ただ――」

三蔵を見上げた。

「惹かれているだけ。たぶん、最初に会ったときから、ずっと」