Little Ordinaries (5)


「おかえりー」

外出先から帰ってきて、リビングに入ってきた三蔵に声をかけた。三蔵がそれに答えるかのように微かに頷いた。
なんかこういう受け答えに三蔵は慣れていないようで、「ただいま」とか絶対に言ってくれないんだけど、それでもそれとわからないくらいに照れたように反応してくれるのは嬉しいな、と思う。
キッチンの冷蔵庫から麦茶を出して、ソファーに座った三蔵に渡す。それから、もといた位置――床にぺったりと座った。

「葉書か? 今時、珍しいな」

俺の手元を見て三蔵が言う。

「うん。小学校の時の先生から。前の住所に来てたのが転送されてきたから、その返事。消印みると、一週間以上たってるの。どっかで迷子になってたのかな?」
「来てたの、気付かなかっただけじゃねぇのか?」
「ちゃんと毎日、見てます。夕刊と一緒に手紙も渡しているでしょ」

ほとんどダイレクトメールだけど。

「……しかし、小学校の時の先生? 文通でもしてるのか?」

三蔵が話題を変える。
自分がちょっと不利だからって。もう。しょーがない人だな。

「文通っていうか、年賀状と暑中見舞いくらい。凄くいい先生でね。今でも気にかけてくれてるみたい」
「暑中見舞い?」

三蔵はそう呟くと、少し身を乗り出してきた。

「やはり、な。書き出し、間違ってるぞ」
「へ?」
「暑中お見舞い申しあげます、じゃなくて、残暑お見舞い申しあげます、だ」
「え? 何で? まだ夏本番じゃん」

パコン、と軽く頭を叩かれた。

「立秋を過ぎたら、暦の上では秋になるから、いくら暑くても『残暑』」

そういえば昨日『今日は立秋ですが、まだまだ暑い日が続きますね』とかなんとかニュースで言ってたような。

「恥かかなくてすんで良かったな」

三蔵が意地悪そうに笑う。

「……三蔵って、子供みたいなトコ、あるよね」

ちょっと呆れて言った言葉に、三蔵が眉を寄せた。それに笑いかけた。

「大好きだよ」

三蔵に会えて良かった。この人のそばにいられることを幸せだと思う。
だから、残暑見舞いの葉書には、何よりも先にそのことを書こう。
もう泣いていないことを。そして、もう心配しなくても大丈夫なことを。
もう一度、三蔵の方を見る。なんだか嬉しくなって自然に笑みがこぼれた。