Little Ordinaries (10)


カタン、と新聞を読んでいる三蔵の前に杯を置いた。

「珍しいな」

三蔵が新聞から目を上げて言う。
お酒は、普段、三蔵が飲みたいときに、自分で出してくる。たいていビールだけど、たまに洋酒とか日本酒とか。タバコと違って、特に決まった銘柄があるわけでなく、結構何でも飲む。

「今日は『重陽の節句』だって教えてもらったから」

冷蔵庫から日本酒の瓶を取り出す。

「菊花酒を飲むと長生きできるんでしょ?」

ちゃんと食用の菊も用意したし、それとは別に菊の花も買ってきてテーブルに飾ってある。

「長生きって……。別に、今から長寿を願うこともないと思うが」

三蔵はちょっと眉間に皺を寄せた。

「でも、人間、いつ死んじゃうかわかんないし……」

そう呟いたら、三蔵の手が伸びてきた。ポンポンと軽く頭を叩かれる。
見ると、とても優しい目をしていた。だから安心して、笑った。

「お酒に菊の花を浸しておくと香が移って趣があるって聞いたからやってみたけど」

昨日、食用菊の一部をパラパラとお酒の中に入れておいた。それが中に入らないように気をつけて杯にお酒を注ぐ。それから新しい菊の花びらを浮かべてみた。

「なんか、風流って感じだね」

透明な杯に浮かぶ、鮮やかな黄色。
三蔵は微かに笑うと、口元に杯を持っていった。

「どう?」
「悪くないな」
「そうか。じゃ、味見」
「お前はやめとけ」

三蔵から杯をとりあげて、新しくお酒を注ごうとしたのに、やんわりと止められた。

「なんで」
「ビール三口でも、酔うだろうが」

むぅ。
ふくれていたら、三蔵の手が後頭部に置かれた。そのまま引き寄せられる。

「香だけなら教えてやるよ」

ふわっと口の中に清涼な香が広がった。これが菊の香?

「――香だけで、酔ったか?」

やがて唇が離れていき、赤くなっている頬を三蔵の指が滑っていった。目を開けると、ちょっと意地悪そうな笑みを浮かべている三蔵の顔が映った。
もう。それだけじゃないって知ってるくせに。
でも。
絶対、俺より先に死なないでね。
目を閉じて祈るように思い、自分からもう一度三蔵の唇にキスを落とした。