Little Ordinaries (23)
「孫君は今ちょっといないんですけど」
トイレから帰ってきて席の近くまでくると、そんな声が聞こえてきた。
って、あれ、俺の携帯?
慌ててクラスの女子の手から携帯を取り上げて、店の外に出た。
「もしもし?」
「……なんだ、今のは」
聞こえてくるのは凄く不機嫌そうな声。
「ごめん。携帯、置きっぱなしにしちゃってたから。出る人がいるとは思わなかったし」
文化祭の打ち上げでクラスの皆と居酒屋さんに来ていた。
皆がそろうまでにメールをしてて、トイレに行くときにそのまま携帯を出しっぱなしにしてっちゃったみたい。
にしても、まさか出るとは思わないし。それにまさか三蔵が電話してくるとは思わなかったし。
「まぁ、いい。それより、お前、まだ帰ってこないよな? 今、外なんだ」
「ご飯?」
実はさっき『ご飯はもう食べた?』ってメールをしたのだ。三蔵、ほっとくとご飯をちゃんと食べない時があるから。
「いや。ババァのとこに向かう途中」
「仕事、終わったの?」
「あぁ。予想よりもだいぶ早くな。なんかあったら携帯の方に電話しろ。じゃあな」
そこで電話は切れた。
そうか。仕事、終わったのか。
切れた電話を見つめて思う。それから、また席に戻った。
「ごめん、用ができたから帰る。お金、適当に置いてくから後で清算して」
で、そう言って机の上にお札を置くと、荷物を取り上げた。
「え? 孫君、まだ一次会、始まったばかりだよ?」
外に向かうにつれ、いろいろと引き止める声はしたけど、そのまま店を出た。
だって、なんか電話で声を聞いたら会いたくなった。
馬鹿なことしてるな、という自覚はあった。
一緒に暮らしているのに。
それで会う、会わない、なんてないだろう。毎日、顔を合わせているのだから。
でも、三蔵、仕事に入ると全然かまってくれなくなるから。
今日、ちょっとだけ文化祭に顔を出してくれたので、なんか我慢の箍が外れちゃったのかもしれない。
家に帰っても出かけちゃったあとだからすぐに会えないのはわかっていたけど、一刻も早く顔が見たかった。
そんなことを考えながら道を歩いていたら、いきなりクラクションを鳴らされた。
車道にはみ出して歩いてたかなと、はっとして首を巡らすと、止まった車の運転席の窓から三蔵が顔を覗かせた。
「お前、何してるんだ?」
凄い偶然に驚く。
「運命みたい」
呟いて三蔵に笑いかけた。