Little Ordinaries (29)


「あ、さんぞー」

リビングにふらふらと入ってきた三蔵に声をかける。と、それまで、全然、俺のことなど眼中になかったのだろう。三蔵がちょっと驚いたような顔になった。

「お前、なんでここで勉強してるんだ?」

リビングの低いテーブルに参考書とか辞書とか広げて、床にクッションを敷いて座っている俺を見下ろして三蔵が言う。

「なんか、ここのが落ち着くから」

そう答えたけど、実はそればホントじゃない。
ここにいれば、三蔵が部屋から出てきたのがわかるから。
だって、三蔵、昨日からずっと書斎に閉じこもりっぱなしなんだもん。なんか『お仕事』をしてるらしくて、邪魔はするなと釘を刺された。
でもさ、ご飯も書斎で食べるんだぜ。これじゃあ、同じ屋根の下にいるのに、ほとんど顔が見れないじゃん。それって、凄く淋しい。だから、三蔵が部屋から出てきたらすぐにわかるリビングに陣取ることにしたのだ。
それにしても、三蔵、目の下に隈ができてる。昨日からほとんど寝てないんじゃないかな。

「まだ終わんないの? お仕事」
「終わるか。面倒なコト、押しつけやがって、あのクソババァ」

って、三蔵は言って、たまに電話口なんかで、そう罵ってるけど。
本当はすごく綺麗な女性だというのは知ってる。
けど、そんなことをいうと、肩を持つのかとかなんとかいって機嫌が悪くなりそうなので黙っておく。
「コーヒー、飲みにきたの? 淹れてあげるよ、そこ、座ってて」

で、コーヒーを一杯飲む時間だけでもここにいて。

「いや、そこにいろ」

立ち上がろうとしたら、三蔵に止められた。三蔵が俺の前に腰をおろした。そして――。

「三十分、たったら……起こ……せ……」

そう言って、俺の膝の上に頭を乗せた。

「さん……ぞ――」

寝息が聞こえてきた。
三蔵が俺の膝の上で寝てしまうなんて信じられなくて、しばらく体が固まってしまったかのように動けなかった。

でも、穏やかな寝顔。
見ているうちに、なんだか胸の奥から暖かいものが溢れてきた。

「三蔵……」

起こさないように静かに囁いて、そっと、抱えるように三蔵の頭に手をのせた。柔らかい髪を梳くように優しく撫でる。
こうして、あなたがそばにいることは奇跡のようなものだと思う。
あなたに会えて良かった。本当に良かった。
こんな風に眠らせてあげられることを、とても誇りに思う。

「大好きだよ」

小さく呟いた。