Little Ordinaries (30)


コーヒーを置くと、何よりもまず眉間の皺が目についた。だから、額に唇を寄せた。

「なんだ?」

三蔵が読んでいた書類から顔をあげた。

「えっと、サービス?」

その言葉に、三蔵がふっと笑みを浮かべた。
あ、眉間の皺が消えた、と思って、ちょっと嬉しくなる。
どんな表情をしてても三蔵は綺麗だけど、でも笑ってくれる方がいいに決まっている。

「どうせサービスしてくれるなら、これくらいしろ」

と、頭を抱え込まれるように、引き寄せられた。
唇が触れ合う。

「ちょっ……、さんぞ……っ!」

仕掛けられたキスが軽いものではないのがわかって、慌てて身を引こうとするが、身動きが取れない。
しかも、抵抗したのがまずかったらしく、執拗に攻め立てるようなキスになる。
正直言って、こういうキスは嫌いじゃない。
なんだが求められているようで、嬉しい。
普段は何にも捕らわれることのない人なのに。
でも。

「それくらいにしておいてくださいね、ここは健全な喫茶店なんですから」

八戒の声が響いて、ようやく三蔵が離れていった。

「……お前、受験生なのに、こんなことしてていいのか?」

ちょっと――いや、かなり不満そうに三蔵が言う。それに答えたのは俺じゃなくて八戒。

「すみませんねぇ。せっかく雇った人間を、誰かがいきなり攫っていってしまったからずっと人手不足でして」

うわっ。なんか、温度が2度程下がった気がする。

「続きはウチに帰ってからね」

とりあえずその場の雰囲気を修復しようと三蔵の耳元に囁いて、トレイを持って戻ろうとする。
が、腕を掴まれて、そのまま抱きかかえられた。

「もうどうせ仕舞いだろ。客もいねぇし。帰るぞ」
「待ってよ、三蔵。お店、閉めても後片付けがあるんだぞ」

ワタワタとしてたら、カウンターから声があがった。

「ちょっと、待った。客はいるだろうが、ここに」

声がしたほうに、三蔵が目を向ける。

「ちょうどいい。片付けはそいつにやらせとけ」
「って、おい、前と同じパターンかよ。つーか、人の話、聞けって」

ガタンと席を立った悟浄の言葉を綺麗に無視して、三蔵は歩き出す。
車の助手席に座らされて、初めてトレイを持ったままなのに気付いた。
あーあ。どうしよう。これ、返すとき、八戒の顔、まともに見れないかも。
それでも抵抗はできないんだよな、と隣に座った綺麗な横顔にため息をついた。